暗闇バトルロワイアル
真っ黒な、世界。
人間が捉えられる、全ての光という光が遮断された世界。
気が付くと私はそんな、完全な暗闇の中だった。そして夢かと思うくらいに、突然私は、裸足でそこに立っていたのだ。
起きてすぐに、脳に響いてきたアナウンス。
「ゲームには、数人の人間が参加している。最後まで生き残った一人を勝者とし、解放する」
って感じの、男のひとの声。
それが唯一、最初で最後の、外部から与えられた信号であり情報だった。
もう三日は経ったように思う。
誰とも会わない。誰の声も聞こえない。
最初の最初に歩けるだけ歩いてみたけど、この世界は私を嘲笑っているのか、あるはずの壁にさえ、私は辿り着くことが出来なかった。
あるはず、なのに。ずっと暗闇の世界がこの世にあるのならば、それは部屋の中にしか作れないのだから。
どれだけ、どのくらい、巨大な「場所」なのだろう。
あるいは、ほんとうに、ここは「世界」なんだろうか。
静寂の暗闇で、誰とも会えない暗闇で、私は思考することしか出来なかった。
私の手には――凶器である銃が、握られている。最初から手に持っていた。
これが唯一、最初で最後の、支給品ということなのだろう。
丸い銃口、回るリボルバー、冷たい引き金、動く撃鉄、握るグリップ。
テレビや映画で見たことのあるそれは、思ったよりも重い。
歩いたとき、これを持ったままだったから、いまも少し腕が痛い。
それでも、これから手を離すわけにはいかなかった。黒い拳銃は闇に溶けている。
床に置けば、見失ってしまう気がして、怖かった。
拳銃だけじゃなくて。小さな現実感とか、張りぼての安心感とか、そういうものも。
私は体育座りで時を過ごしていく。
時計の針も太陽も無いのに、時間の過ぎるのが分かるのは、少し不思議な気がした。
それから私は二回眠りに落ちて、二度の目覚めを経験した。
*
変化は、ない。
音もなく、光もなく、においがするとすれば、お風呂に入れていない自分の汗のにおいくらいで、世界は飽くまでも淡々と続いていた。
ああ、あと、お腹が空いていた。
それと、お家に帰りたい気持ちが、にわかに強くなっていた。
寝ている間に、涙が流れていたらしい。スカートの膝の当たりが少し、濡れていた。
体育座りのまま頭をうつぶせに寝たから当然だと、私は無感動した。
見回す、辺りを、何の意味もなく。
変化は、ない。
静かな暗闇。
見えない静寂。
アナウンスは、ゲームには数人が参加していると言っていた。
この広い世界に、数人。
小さな私が歩いたところで、誰にも会えないのは、当たり前だと思える。
でも、本当にそうなのだろうか。私は、だんだん信じられなくなっていた。
私の手には――凶器である銃が、握られている。最初から手に持っていた。
これは、この中に込められた弾丸は、誰に向けて使うモノなのだろうか?
私は、怖かった。
自分の姿さえ見えない暗闇のなかで、自分がどんな顔で拳銃を見ているのか、分かってしまうのが、何番目かに怖かった。
それから私は眠れなくなってしまって、三回意識を失って。三回、悪夢に醒まされて。
*
真っ黒な、世界。
人間が捉えられる、全ての光という光が遮断された世界。
気が付くと私はそんな、完全な暗闇の中だった。そして夢かと思うくらいに、突然私は、裸足でそこに立っていたのだ。
――これはもう、語ったことだったろうか。どれがまだ、語っていないことなんだっけ?
私は、倒れていた。お腹はさらに空いて、喉が明らかに乾いていた。
だれにも会うことはない。だれの声も聞こえない。
鼻がきかなくなってしまって、自分の体臭も感じない、ひかりの無い世界。
だれ、なんだろう、私をここに閉じ込めたのはだれなんだ、最近そればかり考えていた。それ以外なにも考えられなくなっていた。
だって、私は、こんな理不尽に、時間と自由を奪われるなんて、可哀想すぎるじゃないか。
はぁ、はぁ、って声がする。私の口からだ。私は、興奮して、冷たい床を、爪で、がりがり、がりがり、掻いて、叫んでいた。
いつからだっけ。
私は、叫んでいた。
「だして、よぉ……私をここから、だして、だして、よぉ……ああぁ、ごはん、たべさせ、て、みず、飲みたい、……ひぁっ! ……うえっ、ぁあぇっ、つ」
急にしゃべったから、喉に舌べろが張り付いて、私はえずく。涙を流したような声になる。目からはもう、こぼれないのに。
「なん、で、だれぼ、ごだえでぐれな……うぇ、こたえてぐれないの!? ひとりっで、ごわいよ……やぁ、だして、はやく、だしで、なんでぼするがら、がみざま、か、げぇ、神様……たすけてよ!!」
私は、冷たい床を、爪で、がりがり、興奮して、がりがり、叫んで、掻いていた。
爪はがりがり、興奮して床を、冷たい私で、がりがり掻いて、叫んでいた。
がりがりは床を冷たく、掻いて爪を叫びで、私をがりがり興奮していた。
それでも、
助けは来ないし、私は叫び続けて、声が枯れてしまって、
それでもこの暗闇は、何にも映してくれないのだ。
「あ、はは」
手で、私は、確かめる。
まるい銃口、まわるリボルバー、つめたい引き金、うごく撃鉄、にぎるグリップ。
テレビや映画で見たことのあるそれは、重い。とても重い。
――はやく使わなければ、ひきがねを引く力さえ無くなってしまうんだろうなと、私は思うようになった。
*
「七番、自殺しました」
「おお――そうか。これであと八人だな」
暗闇バトルロワイヤルのモニター室では、十四個のモニターを覗く二人の男が語り合っている。
モニターのまえに座ってる部下らしき男と、それを煙草をふかしながら見ている、上司風の男だ。
なんだかつまらなそうに――上司が、部下に語りかける。
「しかしな、エグいことを考えるやつもいたもんだな……全く」
「そうですね。『殺し合い』を示唆させておいて、暗闇の箱に『一人一人別々に』少年少女を置き去り。自殺か、餓死するまで待つ……って、最悪以外のなにものでもありませんねぇ、これは」
あ、また死にました。これであと七人。
部下は嬉しそうに笑う。
「何の実験か知りませんが、観察する側で良かったですよ。さっきの叫び、いかしてましたねぇ。彼女は気付いていたんでしょうかね」
「知らん。知りたくもない。ただ、俺たちは観察の役目を全うし、最後に残ったひとりを解放してやるだけだ」
「ねぇ、部長」
「なんだ」
「この企画、『暗闇バトルロワイアル』って名前ですけど。殺し合いは絶対に起こらないのに、バトルロワイアルって言えるんですかねぇ」
「……」
上司は煙草をふかしながら、ただ首を傾げるように横に振った。
「それは当人たちが決めることだ。俺は、知りたくない」
ただ、時間だけが過ぎていく。
二人の監視者はモニターの中の彼らを、最後まで見ていた。見放して、いた。