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初めの一歩

作者: シバザキアツシ
掲載日:2026/11/07

それは、私の第一歩の切っ掛けでした。


小中高と流されるまま進学し、何となく終わってしまい、何となく就職して今に至る訳だが。


ある冬の休日。


具合の悪くなってきた冷蔵庫を新調しようと、二つ先の町に向かおうと、駅に向かった。


微妙な気温で、少し悩んだがコートではなく、厚手のパーカーを選んだ。


外へ出ると、ギリギリ息は白くならない。

上着の選択は正解だったようだ。


東京都の23区にある我が家、住むには良い所だが、便利な商業施設や家電量販店もなく、遊ぶ場所もない所。

その為、大きな買い物をするには、他の町に行くしかない。


無駄に家具屋は多い。


午後2時を回った所なので人通りは少ない。


改札を抜けホームへ向かう。

通勤に使う路線なので、定期が使えるのはありがたい。

不思議な、両脇に小さな秋刀魚(さんま)が、いくつも並んだ整列位置の左側に立つ。


ちらと横目で、電光掲示板を見ると、次の電車まで5分。

この路線にしては時間が掛かる。

他の路線と比べると、圧倒的に本数は多いのだが、何故か長く感じてしまう。


電車を待っていると、反対側の整列位置から、線路を見下ろしている男性が目についた。

何をしてるのかと眺めていると、いきなりとんでもない事をしたのだ。


「生きてるか?」と呟くと、手袋を外して、耳に装着用していたフルワイヤレスイヤホンの左側を外して、右手に持ち変えた。


男性の視線を追い、9―1のホームドアからその方向を見ると、線路脇に見慣れた灰色の丸いフォルムがいた。

鳩だ。鳩がうずくまっていた。

片足を上げている、明かに怪我をしている。

最早、飛べないのだろう。


カワイソウニ。


電車が何本も通過している事から、轢(ひ)かれる心配のない場所なのだろう。


「あ…」


男性は右手に持ったイヤホンを躊躇(ちゅうちょ)なく、鳩の横に投げ入れた。


「え?」


線路脇の小石とイヤホンが当たり、小さな音が鳴る。

「よし!ナイスコントロール」と、小さな声で自画自賛する男性。


驚き固まっている私に目もくれず、その場を離れた。

1分後、男性は駅員を連れてきて、イヤホンを落としたと説明する。


「何故、あんなところに?」

駅員は首をかしげる。


そう、鳩がいるのは線路の反対側、つまりは壁側だ。

通常、落とすとしたら足元のはず、駅員の疑問点も最もだ。


身振り手振りで、苦しい言い訳をする男性。


「まぁ、落ちているのは事実ですからね…」と、納得はしていない表情で言う駅員。


「いつ、受け取れますか?」

「向こう側だと、電車を止めないと取れないので、終電後になりますね」

「分かりました。明日の朝一で来ますね」

「畏(かしこ)まりました。では、回収したら当駅で保管しておきますね」

「出来れば…あの鳩も一緒に保護してもらえますか?」

「は?」

二人の会話は続く。


一連を眺めていた私だが、電車が来たので、後ろ髪を引かれつつそれに乗り込む。


頭の中は、先程の出来事でいっぱいになっている。

私には出来るだろうか、勿論(もちろん)、褒(ほ)められた事ではないだろう。

電車の運行に、支障がでるかも知れない行為なのだ。

だが、同時に羨(うらや)ましくもあった。


その行動力が。


自分になんら関係ない、何の得もない、小さな命の為に、高価なフルワイヤレスイヤホンを、躊躇(ちゅうちょ)なく投げ込む意思、とでも言うのだろうか。

それが、彼の正義なのだろうと、勝手に思い込む。


出来ないと思った。


だけど、何か見えた気がした。

何でもいい、言い訳を始める前から用意する癖(くせ)を、やめようと思った。


目的の駅に着き、大型家電量販店に入る。


無意識にエレベーターに乗り、無意識にボタンを押す。

当初の目的の、冷蔵庫の置いてある階ではなかった。


自身の意思を持って、商品を手に取り、直ぐ様レジへと向かう。


流されるだけの人生は、これで終わりにしようと思った。


フルワイヤレスイヤホンを手に入れた私は、足取りも軽く帰途へつく。


何故、フルワイヤレスイヤホンを買ったのか。

勿論(もちろん)、投げる為ではない。


彼のように、線路から外れて自ら走る事はまだ出来ない。

でも、線路の先に、分岐点、分岐器(ポイント)を作るくらいは出来るかもしれない。


このワイヤレスイヤホンは、私の第一歩の切っ掛けなのだ。


いつもより、空が高く見えた。

いや、最近、空を見上げる行為さえしてなかった事に、今更ながら気が付いた。


乾いた冷たい空気が、肺を満たすのが気持ちが良いと感じた事もなかった。


あの後、鳩と彼のワイヤレスイヤホンがどうなったのかは分からないが、生きていれば良いなと素直に思った。


初めて自分以外の、誰かの、何かの幸せを願った。


じわじわと、私の世界が色で満たされていく。


冷蔵庫ではなく、フルワイヤレスイヤホンを選んだ自分。

その選択を、後悔するかもしれない。


それでも良いと思った。


そう、思えるようになった。


今年で23歳になる私は、遅すぎる初めの一歩を踏み出した。

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