表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/10

深奥へつながる扉

翌朝、ユルドリッド家の客間の窓に映る空は、どんよりと灰色に染まっていた。


シグルスたちは執事シュバルテに案内され、屋敷の奥へと向かう。

長い廊下には肖像画と古い甲冑が並び、足音だけが乾いた石床に響いていた。


「こちらでございます。当主様がお待ちです」


重い扉が開かれると、昨日と同じ書斎が姿を見せた。


「おはようございます。よく休めましたか」


机の向こうで、ヘルマンドが本を閉じながら立ち上がる。穏やかで丁寧な声は、相変わらずだ。


「はい、おかげさまで」


エイナが頭を下げる。その横顔は、どこか強張っていた。


「さっそくですが、約束どおり研究室をご案内いたします。ついてきていただけますか」


ヘルマンドはそう言って、壁に掛けてある重厚そうな鍵を手に取った。



ヴァルドの研究室は、屋敷の一角にひっそり口を開けていた。



「息子が研究をやめてから、中身はほとんど動かしていません。どうぞご自由に」


中に入った瞬間、ひやりとした空気が肌を撫でる。窓は厚いカーテンで半分ほど覆われ、光は薄い。


壁一面に本棚。背表紙の上には、灰色の埃が厚く積もっていた。

指でなぞれば、くっきり跡が残りそうだ。


ロッドは積み上がった本の山を見上げて口笛を吹いた。


「うわ……本の量、すげえな。さすが“死の研究”のお家元って感じだな」


「ロッド」


シグルスが制すると、ロッドは「悪ぃ悪ぃ」と小声で付け足した。


シグルスは部屋を一周しながら、静かに目を細める。埃をかぶった棚、軋む床板。

なにに使うかわからないような怪しげな器具が並ぶ。


ひときわ目を引くのが、部屋の中央に置かれた大きな机だ。


そこには大量の本や、書きかけの紙きれ、魔法陣が書かれた布などが所狭しと置いてある。


「こちらが、息子ヴァルドが残した資料の一部です」


ヘルマンドが机の横に立ち、手を広げた。


「死者の国との境界、魂魄の分離、死後の意識の残存……そういった事柄についてまとめたものだと聞いています。どうぞ。」


シグルスは一番上の紙の束を手に取る。紙は思ったより新しく、インクも濃い。


『応用呪術概論』

きらびやかな金色の箔押しがされた表紙だ。

数ページ、ざっと目を通した。


(……教科書みたいだな)


魔術学の基本定義が延々と並び、既存の書物からの引用が多い。

危うさも踏み込みも、どこにも見えない。


次の束、さらに次の束も、似たような内容だった。


ロッドが背後から覗き込む。


「どうだ? なんかヤバそうな呪文とか書いてあるか?」


「いや……」


シグルスは紙束を机に戻し、ヘルマンドを見た。


「これは重要な資料ではありませんね。本当に必要な核心部分は、ここにはないはずです」


部屋の空気が、わずかに揺れた気がした。


ヘルマンドのまぶたが、ほんの一瞬だけ動く。すぐに戻ったが、その「驚き」は見逃せない。


「……わかるのですか、あなたは」


「理論の深さに不自然な偏りがあります。危険な領域に踏み込んだなら、その痕跡がどこかに残るはずです。けれど、ここにあるのは、誰に見せても問題ない部分だけだ」


シグルスは、埃だらけの本棚と、やけにきれいな机とを見比べた。


「少なくとも、“ここだけが手付かずで残っていた”ようには見えません」


ヘルマンドは、口元をわずかに緩めた。


「……さすがですね。やはり、隠し事はできませんか」


穏やかな声のまま、言葉だけが冷えていく。


「おっさん、やっぱりなんか隠してたのか?」


ロッドが思わず口を挟むと、ヘルマンドはちらりと彼を見た。


「“おっさん”ではありませんよ。私はあなたがたの協力者のつもりです」


「す、すみません。へへ……」


ロッドが慌てて頭を下げる。


ヘルマンドはすぐに視線をシグルスに戻した。


「息子の本当の研究の中心は、ここにはありません。ヴァルドは最後に、研究の核となる部分をすべて、別の場所に移しました」


「別の場所?」


「ええ。ユルドリッド家の大金庫です。もともとはただの金庫でしたが、息子が改造しまして。強力な結界に閉ざされています。」


少し肩をすくめて、続ける。


「……とはいえ、その金庫は、今は誰にも開けられませんが」


「誰にも?」


エイナが思わず聞き返した。


「はい。金庫は精密な精霊魔法で封印されておりましてね。正しい手順以外でこじ開けようとすれば、内部の物は全て焼却されます。領の最高級魔術師たちにも試させましたが、誰ひとり解錠に成功しておりません」


ヘルマンドは、ほんのわずかに微笑んだ。


「……だからこそ、あなたがたにお見せしようと思うのです。“開かない”という事実も、任務には重要でしょうから」


その笑みが、シグルスには妙に映った。挑発とも、諦めともつかない色が混じっている。


「案内いたします。ついてきてください」



大金庫は屋敷の地下にあった。


石段を降りるにつれ、空気は冷たく乾いていく。

壁には魔法陣の刻まれた鉄板が埋め込まれ、淡い光を放っていた。


「うわ……ここ、なんか背筋が寒くなるな」


ロッドが肩をすくめる。


階段を下り切ると、小さな広間に出た。正面の壁一面を、巨大な金属扉が塞いでいる。


扉には幾何学模様の紋様がびっしりと刻まれ、中央には家紋を象った円形のプレートが嵌め込まれていた。


ヘルマンドがその前に立つ。


「これがユルドリッド家の大金庫です。ヴァルドが最後に、研究の核心を収めた場所でもあります」


エイナは無意識に大鎌の柄を握りしめた。


「……ここに、兄さんの全部が入ってる、ってこと?」

ここまで読んでいただきありがとうございます!

金庫の中身は一体....?と気になるところではありますが、毎日ぼちぼち連載していきますので、ごゆっくりお付き合いください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ