運命の変え方
「シグルス! 前が開いたぞ!全員で詰める」
ロッドは振り返りもせずに駆け出した。銀髪のヴァン神族――エイセルが笑いながら剣を振るう姿だけを見据えている。
「待て、ロッド!」
シグルスは咄嗟に声を張り上げた。文字の予言をなんとかしなければという一心だった。
必死の叫びも轟く金属音と怒号に飲み込まれる。ロッドの耳には届かない。
(くそっ……!)
追いかけるしかなかった。シグルスは足を踏み出す。乾いた深茶色の土を蹴り、ロッドの背中を追った。
その瞬間――視界の端に、また白い線が走った。
一拍遅れて、線は文章になった。
《エイナの攻撃魔法が外れる》
(……エイナ?)
振り返る余裕などない。だが僅かな気配で、背後のエイナが詠唱に入っている気配を感じた。この”配置”は兵士学校で何度も訓練したので体が覚えている。
敵はシグルスとロッドの振りかざす剣に集中している。そしてエイナは、シグルスの背後に立ち、詠唱している姿を敵から隠す。二人は囮で本命はエイナの魔法だ。
(ここじゃない……ここでもない……今だッ!!)
何千回と練習した三人の動きはまさに以心伝心だ。シグルスがさっと横に身をひるがえすと、その影からエイナの大鎌から放たれた斬撃が飛び出す。
「なに……っ!」
エイセルは身を捻ってなんとか攻撃を逃れようとしたが、青白い斬撃はエイセルの左腕に直撃した。緑色の血液がばっと飛び散る。
「ちっ……」
シグルスは呆気にとられたように、体の動きが固まってしまった。
(予言の文字が外れた……どういうことだ?)
「……おいおいおい」
エイセルの声が低くなった。さっきまでの愉快そうな笑いが消え、肌に刺さるような殺気が立ちのぼる。
「舐めた真似してくれるじゃねえの、家畜ごときが」
琥珀色の瞳が、獲物を探す獣のようにぎらついていた。
「今だ!奴の隙をつけ!」
他の班の兵士が、四人がかりで斬りかかった。
次の瞬間、エイセルの踏み込みで前列の兵士がまとめて吹き飛ぶ。盾ごと叩き割られた兵士が、地面に横たわった。
「ロッド、下がれ!」
もう一度シグルスは叫んだ。息が切れそうだ。
だが、その目はもうエイセルしか見ていなかった。
「ここで引いたら、せっかくのチャンスが無駄だ。」
(やめろ……!どうすればいいんだ)
そのとき、また世界の輪郭が歪んだ。
白い線が、視界の真ん中ににじみ出る。
《シグルスが剣を構えると、その姿は瞬時に見えなくなった》
(え……?)
読んだ瞬間、体が勝手に動いていた。剣を構え、左足を後ろに蹴りだした。
自分でも信じられない速度で、エイセルに斬りかかっていた。
刹那、こちらを見たエイセルがぎょっとした表情をする。左手を使って防御呪術を展開しようとしている。
剣の重さを手のひらで感じた瞬間、また文字が出た。
≪エイセルの防御障壁は、シグルスの攻撃を跳ね返した≫
(そんなこといわれても......っ)
しかし、現実は違った。先ほどのエイナの魔法による傷の痛みで、エイセルの反応は一瞬遅れた。
そのおかげで防御障壁は不完全な状態で展開された。
シグルスが腕を振ると、障壁は破壊されエイセルの体は後方に大きく吹き飛ばされた。
それを受け止めたのは、もう一人のヴァン神族の長身で細身の兵士、フレイヴだった。
「これはどういうことですか……?どうやらエイセルさんは減給が怖くないようですね」
「くそっ……!違う、あの人間はなにかおかしい。」
エイセルが恨めしそうにこちらを見ている。
また予言が外れた、どういうことだ。
変な文字が見え始めたのが、だいたい二か月前だ。
これまで、白い文字の予言が外れることはなかった。
今回は”なにか”が違うのか。
(それでもロッドが死ぬという予言が心配だ、まだ終わりではないかもしれない)
「家畜のくせに、やるじゃねえか!だが……」
エイセルが詠唱を始めた。祝福を帯びて剣が緑色に輝きだす。
「あなたはどうして最初からそうしないのですかね、傷までつけられて。理解不能です」
もう一人のヴァン神族、フレイヴがやれやれと肩をすくめた。
(まずい、やばい“なにか”が来る……)
次の瞬間、白い文字が重なるように現れる。
《エイセルの剣がロッドの胸を貫通した》
(やめろ――!)
シグルスはとっさに駆けよる。自分が斬られた方がいいと、本気で思った。
「ロッド!」
そう叫んだ刹那だった、雷のような電撃が見えたかと思うと、エイセルはロッドの目の前に移動し、剣を横なぎに振った。
血飛沫が舞う。
ロッドは胸を押さえ、ふらつきながらも立っていた。鎧の表面がぱっくり裂け、その下の肉に浅い傷が走っている。血は出ているが、致命傷ではなかった。
「っつ……これ……は、やべえな……!」
歯を食いしばりながらも、ロッドは笑おうとしていた。
(胸を貫通したんじゃない……浅く、斬られただけだ)
ロッドが寸前のところで剣で受け止めようとしたことで、剣先は逸れ、致命傷を免れた。
「さすがにその体では、いつもの剣さばきは難しいようですね」
フレイヴが言った。両者の実力差が圧倒的であることは、いまの一撃だけで明らかだった。
しかし予言と現実が、またずれた。
「さっきからちょこまかと──」
エイセルが再び剣を構えた時だった。
白い文字が見えた。
《シグルスが右足を踏み出したその時》
奇妙な感覚だった。文字を読んだ瞬間、体が動き出している。
《辺りに疾風が舞った。誰もその姿を捉えることはできなかったが》
自然と右足を後方に蹴りだしていた。なにがどうなっている。
《次の瞬間、エイセルの胸から血しぶきがあふれ出した》
自分になにが起こったのかわからなかった。エイセルに突っ込んだあと、どうなった?
「うが……が……」
後ろを振り向くと、エイセルが胸から血しぶきをあげて、倒れるところだった。
なにがどうなっている。
ロッドもエイナも、茫然とした顔で、こちらを見ている。
「これはこれは、あなたおもしろいですね」
フレイヴは倒れた仲間に構う様子もなく、ただシグルスを見つめていた。
「あなた、物語に守られていますね」
ふふふと笑いながら、フレイヴが言う。
「今日はおもしろいものが見れたので、これにて。またお会いできる日を楽しみにしています。」
フレイヴはそういうと、指をぱちりと鳴らした。
呪術によって、エイセルの体が地面に飲まれてゆく。
「おい!俺はまだ戦えるぞ!放せ!」
そう叫ぶエイセルの声はもがもがとしたつぶやきに変わり、やがて完全に地面に飲み込まれた。
ふとフレイヴの方を振り返ると、既にその姿はなかった。
「撤退……したってことでいいんだよな?」
ロッドがおずおずとつぶやく。まだ鎧の隙間から血が流れている。
「おい、シグルス、答えてくれ。さっきのはなんだ…?」
ここまで読んでいただきありがとうございます!
さっそく大暴れの展開ですが、まだまだ謎も多く......
伏線の回収もきちんと行う予定です!
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ではでは~




