第5章 神様、人間界を満喫
第5章 神様、人間界を満喫
5-1 温泉とラーメン
箱根の温泉旅館『天空の湯』。
「はあ〜〜〜〜......」
神様(現在は『神田譲』という偽名)は、露天風呂で極楽の表情を浮かべていた。
「これだよ、これ。八百万年ぶりの休暇......」
隣で、常連のおじいさんが話しかけてきた。
「兄さん、若いのに平日から温泉かい?」
「ええ、まあ。長期休暇をもらいまして」
「いいねぇ。何の仕事してるの?」
「......管理職です」
嘘ではない。世界の管理職だった。
「管理職かぁ。大変でしょ」
「ええ、部下が80億人いまして」
「はっはっは!冗談がうまい!」
おじいさんは笑った。
神様も笑った。
久しぶりに、純粋に楽しかった。
風呂上がり、神様は旅館の食堂でラーメンを注文した。
「塩ラーメン一つ!」
運ばれてきたラーメンを一口。
「......」
涙が出た。
「美味い......美味すぎる......」
単純な塩味。でも、これが食べたかった。
天界の食事は、栄養だけは完璧だが、味がない。
「おかわり!」
「え、もう一杯ですか?」
「いや、3杯!」
結局、5杯食べた。
腹が、パンパンだ。
でも、幸せだ。
これが、人間の幸せか。
5-2 スマホでニュースチェック
夜、部屋でスマホをいじる神様。
LINEの通知が来た。
ミカエル:『神様、大変です!』
神様:『どうした』
ミカエル:『KAMI-OSが、効率的すぎて......』
画像が送られてくる。
データのグラフだ。
カップル成立率:+400%
労働生産性:+150%
健康寿命:+30年
神様:『いいことじゃないか』
ミカエル:『でも、人間たちが......』
次の画像。
SNSの投稿のスクリーンショット。
『最近、人生がつまらない』 『すべてが予定通りすぎて』 『サプライズがない』 『ドキドキしない』
神様は、ため息をついた。
予想通りだ。
効率だけでは、人は幸せになれない。
神様:『様子を見よう』
ミカエル:『でも......』
神様:『AIも学習する。たぶん』
そう返信して、スマホを置いた。
正直、少し心配だ。
でも、今は休暇中。
明日は、富士山でも見に行こう。
5-3 人間観察
翌日、神様は渋谷に来ていた。
人間観察だ。
スクランブル交差点を眺める。
「......みんな、スマホ見てるな」
そして、妙に整然としている。
信号が赤になる3秒前に、みんな立ち止まる。
青になる0.5秒前に、歩き始める。
まるで、プログラムされたロボットみたいだ。
カフェに入る。
隣の席のカップルの会話が聞こえる。
「マッチング率94%だって」 「すごいよね」 「でも、なんか......」 「なんか?」 「ドキドキしないんだよね」 「わかる」
神様は、コーヒーを飲みながら考えた。
効率と幸せ。
相反するものなのか?
その時、店内に子供の泣き声が響いた。
「うわあああん!」
3歳くらいの女の子が、アイスを落として泣いている。
母親が慌てている。
普通なら、AIが何か「効率的な解決策」を提示するはずだ。
でも―――
「はい、これあげる」
隣にいた高校生が、自分のアイスを差し出した。
「いいんですか?」
「いいよ。俺、もう満腹だし」
嘘だ。さっき買ったばかりだ。
でも、高校生は笑顔だった。
女の子も、笑顔になった。
神様は、微笑んだ。
まだ、人間の優しさは死んでない。
非効率な優しさ。
これこそが、人間の本質だ。