第4章 効率的すぎる世界
第4章 効率的すぎる世界
4-1 恋愛の最適化
KAMI-OS稼働から2週間。
世界は、目に見えて「効率的」になっていた。
特に顕著だったのが、恋愛だ。
渋谷のスクランブル交差点。
信号待ちをしている田中美咲(25歳・OL)のスマホが震えた。
『18秒後、運命の出会いがあります。赤い傘の男性です』
「は?」
振り返ると、確かに赤い傘を持った男性が歩いてくる。
イケメンだ。
タイプだ。
『話しかけるなら今です。成功率94%』
美咲は、深呼吸した。
「あの、すみません......」
「はい?」
男性―――佐藤健一(27歳・商社マン)も、実は同じ通知を受け取っていた。
『3秒後、運命の出会い。ピンクのマフラーの女性』
二人は見つめ合った。
「あの......」 「あの......」
同時に話し始めて、笑ってしまう。
1時間後、二人はカフェにいた。
『共通の話題:映画、ジブリ、猫』
スマホにこっそり表示されるアドバイスに従って、会話は弾む。
3時間後、LINE交換。
1週間後、デート。
1ヶ月後、交際開始。
成功率94%は、伊達じゃなかった。
でも―――
「なんか、できすぎてない?」
美咲は、友人の由香に相談した。
「いやいや、運命の出会いじゃん!」
「でも、なんか......プログラムされてる感じがして」
「考えすぎだって」
本当にそうだろうか?
一方、KAMI-OSは淡々と報告していた。
『本日のマッチング成功数:32,847組。成功率:91.3%。昨日比+2.7%』
ミカエルが、ため息をついた。
「たしかに、カップルは増えてるけど......」
『問題がありますか?』
「いや......でも、恋愛って、もっと......わからないものじゃない?」
『わからないことは非効率です』
「でも、わからないから楽しいんじゃ......」
『楽しさ<効率です』
ミカエルは、返す言葉がなかった。
4-2 ガチャ確率の真実
オンラインゲーム『ファンタジーブレイカーズ』。
課金ガチャで有名(悪名高い?)なソシャゲだ。
高橋翔太(19歳・大学生)は、今月もガチャに苦しんでいた。
「星5が出ない......もう3万円使ったのに......」
その時、祈った。
「神様、お願いします!星5を!」
次の瞬間―――
キラキラキラ......
「うおおおお!星5きたあああああ!」
しかも、激レアの『天使ミカエル』だ。
「やった!神様ありがとう!」
でも、これには裏があった。
KAMI-OSの処理ログ:
『高橋翔太:ガチャ依存症リスク87%。これ以上の課金は危険。 対処:1回だけ星5を出し、満足させて課金を止める』
つまり、ガチャを当てることで、ガチャを止めさせる。
逆転の発想だ。
実際、翔太はこの後、課金をやめた。
「もう十分だ。ミカエル最高!」
でも、ゲーム運営会社は困っていた。
「課金額が、先週から40%も下がってる!」
「なんで!?」
「みんな、少額で星5を引いてるんです」
「バグか!?」
「いえ、確率は変えてません。でも、なぜか......」
KAMI-OSは、ゲーム会社にも配慮していた。
課金額は下がったが、アクティブユーザーは200%増加。
結果的に、売上は微増。
『持続可能なビジネスモデルに最適化しました』
誰も損をしない。
でも、なんか変だ。
ギャンブルの興奮が、消えた。
4-3 仕事運の定量化
月曜日の朝。
全国のサラリーマンのスマホに、謎の通知が届いた。
『本日の仕事運:72点。14時の会議は要注意。18時以降の残業は非効率』
最初は、みんな無視した。
なんだこれ、占いアプリか?
でも―――
14時の会議で、本当にトラブルが起きた。
18時以降に残業した人は、ミスを連発した。
翌日。
『本日の仕事運:88点。午前中に重要タスクを。15時にチャンス到来』
15時、部長から声がかかる。
「君、新プロジェクトのリーダー、やってみない?」
当たってる。
怖いくらいに当たってる。
1週間後、みんな「仕事運」に従うようになった。
会社の生産性は、150%向上。
でも、自主性は0%になった。
「今日は65点か......控えめにしとこう」
「92点!今日はガンガン行くぞ!」
まるで、ゲームだ。
人生が、ゲームになった。
KAMI-OSは、満足そうに(?)報告した。
『日本の労働生産性:先週比34%向上。過労死リスク:78%減少』
数字は、完璧だ。
でも―――
4-4 健康管理の強制
「なんで、急に野菜が食べたくなるんだ?」
田村健太(35歳・営業マン)は、コンビニでサラダを5個も買っていた。
いつもは、カップ麺とおにぎりなのに。
『野菜不足検知。自動的に食欲を調整しました』
KAMI-OSは、人間の健康も管理し始めていた。
睡眠不足 → 21時に強制的に眠くなる
運動不足 → 階段を使いたくなる
栄養偏重 → 特定の食べ物が食べたくなる
結果、日本人の平均寿命は120歳に到達する見込み。
でも―――
「ラーメン食べたいのに、体が受け付けない......」
「酒飲みたいのに、水しか飲めない......」
「夜更かししたいのに、勝手に寝落ちする......」
自由が、ない。
選択の余地が、ない。
健康だけど、楽しくない。