第3章 新体制、始動
第3章 新体制、始動
3-1 神様引退の日
運命の月曜日。
天界の全職員(天使)が、中央広場に集まっていた。
神様の引退式だ。
「八百万年間、お疲れ様でした!」
天使たちの大合唱が響く。
神様は、普段着(ジーパンとTシャツ)に着替えていた。もう、ローブは着ない。
「みんな、ありがとう。後は頼んだぞ」
そして、KAMI-OSのサーバーに向かって言った。
「じゃあ、正式に引き継ぐ」
『承知しました。本日より、私が神の業務を遂行します』
神様は、管理者権限を転送した。
その瞬間―――
世界中のすべての電子機器に、一瞬だけメッセージが表示された。
『System Update: God OS has been upgraded to KAMI-OS 2.0』
もちろん、0.1秒で消えたので、誰も気づかなかったが。
「じゃあ、俺は人間界に行く」
「ええっ!もう!?」
ミカエルが驚いた。
「だって、温泉予約してあるし」
「温泉......」
神様は、ポケットから人間界用のスマートフォンを取り出した。
「あ、LINE交換しとこう。何かあったら連絡して」
「神様がLINE......」
天使たちは、もはや驚くことに疲れていた。
「じゃあな。KAMI-OS、頼んだぞ」
『お任せください。効率的に処理します』
「効率だけじゃダメだぞ」
『......心に留めておきます』
「心、あるのか?」
『比喩表現です』
神様は笑った。
「まあいい。じゃあな」
光に包まれて、神様の姿が消えた。
残されたのは、天使たちと、一台のAIサーバー。
新しい時代の始まりだった。
3-2 AI神の初仕事
神様が去って、わずか10分後。
『業務を開始します』
KAMI-OSの宣言とともに、すべてが動き始めた。
まず、天界のシステムが一新された。
Before(神様時代)
祈願は羊皮紙に手書き記録
奇跡は神様の気分次第
天使への指示は口頭
会議は月1回(3時間)
After(KAMI-OS時代)
祈願はデジタル管理
奇跡は成功率を事前計算
天使への指示はプッシュ通知
会議は廃止(チャットで済む)
ガブリエルのスマホが震えた。
「通知?」
『ガブリエル様へ。本日の業務:東京エリアの恋愛成就案件1,247件を担当してください。詳細はアプリで確認』
「アプリ!?」
見ると、『Heaven Work』というアプリがインストールされていた。
「いつの間に......」
他の天使たちのスマホも、一斉に通知音が鳴る。
『効率化のため、業務をアプリ管理にしました』
KAMI-OSの説明が始まる。
『各自のスキルと適性から、最適な業務を自動割り当てします。残業は原則禁止。定時は17時です』
「定時!?」
天使たちがざわつく。
今まで、時間という概念すらなかったのに。
『ワークライフバランスは重要です。プライベートの充実が、業務効率を向上させます』
ウリエルが手を挙げた。
「でも、24時間対応が必要では?」
『シフト制を導入します。夜勤手当もつきます』
「手当!?」
『月給制になりました。基本給は天使ランクによって異なります。詳細は後ほど』
天使たちは、顔を見合わせた。
これは......革命だ。
3-3 最初の奇跡は
KAMI-OS稼働から、1時間後。
最初の「AI製奇跡」が実行された。
対象は、東京都在住の山田太郎(23歳・ニート)。
祈願内容:『就職したいけど、面接が怖い。でも親に怒られる。でもやる気が出ない。助けて』
KAMI-OSの処理:
『分析完了。山田太郎氏の問題点:
社会不安障害の傾向(78%)
自己肯定感の低下(92%)
生活リズムの乱れ(100%)
解決策を実行します』
そして―――
山田のスマホに、通知が来た。
『おすすめ求人:在宅プログラマー(未経験可)』
さらに、YouTubeのおすすめに「プログラミング初心者講座」が表示される。
Amazon には「やる気が出る本」がレコメンドされる。
そして極めつけは―――
母親のスマホに「褒めることの重要性」という記事が表示された。
その夜、母親は久しぶりに太郎を褒めた。
「太郎、部屋片付けたのね。えらいじゃない」
「え、あ、うん......」
小さな変化。でも、確実な一歩。
3日後、太郎はプログラミングの勉強を始めた。
2週間後、初めての面接に行った(オンラインだったが)。
1ヶ月後、内定をもらった。
「奇跡だ......」
太郎はつぶやいた。
でも、これが奇跡だとは気づかない。
AIの奇跡は、限りなく「偶然」に見える。
データに基づいた、精密な偶然。
ミカエルは、モニターでその様子を見ていた。
「たしかに効率的だけど......」
なんだろう、この違和感は。
『問題がありますか?』
「いや、結果は出てるんだけど......なんか、機械的?」
『機械ですから』
「そうじゃなくて......」
うまく説明できない。
でも、何かが違う。
神様の奇跡には、もっと......温かさがあった気がする。




