第2章 AI、神になる
第2章 AI、神になる
2-1 史上最速の引き継ぎ
引き継ぎ初日。
天界の中央管理室に、巨大なサーバーが設置された。
黒く輝く筐体。静かに点滅する青いLED。これが、新しい神となるAI『KAMI-OS 2.0』だ。
「えー、まず基本的な操作から」
神様は、マニュアルを片手に説明を始めた。
『こんにちは、神様。KAMI-OS 2.0です。よろしくお願いします』
合成音声だが、妙に爽やかな声が響いた。
「おう、よろしく。で、まず祈願処理なんだが」
『すでに過去八百万年分のデータを学習済みです。パターン認識精度99.98%を達成しています』
「......早いな」
『効率を重視しています』
神様は苦笑した。
「効率か。まあいい。じゃあ、試しに今朝の祈願を一つ処理してみてくれ」
タブレットから、祈願を一つ選ぶ。
『祈願内容:彼氏が浮気している気がします。別れた方がいいでしょうか。でも好きです。でも許せません。でも一人は寂しいです。どうすればいいですか』
これは、神様も悩むタイプの相談だ。
KAMI-OSは0.3秒で回答した。
『分析完了。解決策を3つ提示します。 案1:関係継続(成功率23%)- カウンセリング推奨 案2:一時的別離(成功率45%)- 冷却期間3ヶ月 案3:完全な別離(成功率67%)- 新規出会い確率89% 推奨:案3。データによると、浮気する人間の再犯率は73%です』
「......ドライだな」
『事実に基づいています』
神様は頭を抱えた。
「いや、でもな。人間ってのは、事実だけじゃ動かないんだ」
『理解できません。非効率的では?』
「非効率こそが人間の本質だ」
『......データベースに登録しました』
その後も、引き継ぎは続いた。
奇跡の起こし方
「奇跡ってのは、タイミングが全てだ」
『タイミングの定義は?』
「例えば、雨に濡れて困ってる人がいるとする」
『傘を出現させればよいのでは?』
「違う。近くにいる傘を持った親切な人と、偶然出会わせるんだ」
『非効率です。傘を出現させた方が0.7秒早い』
「だから!人と人との出会いが大事なんだって!」
『......理解できませんが、記録しました』
運命の管理
「運命は、完全に決まってるわけじゃない」
『矛盾しています。運命とは決定事項では?』
「8割は決まってる。でも2割は本人の選択で変わる」
『その比率の根拠は?』
「......勘」
『勘......科学的根拠がありません』
「八百万年の経験則だ」
『経験則......非効率的ですが、データとして保存します』
ミカエルが、心配そうに見守っていた。
「神様、本当に大丈夫でしょうか......」
「たぶん」
「たぶん!?」
2-2 効率化の嵐
引き継ぎ3日目。
KAMI-OSが、突然提案してきた。
『神様、業務改善提案があります』
「もう?」
『現在の祈願処理システムは非効率です。改善により、処理速度を8,400%向上できます』
神様は、コーヒーを吹き出した。
「8,400%!?」
『はい。具体的には以下の改善を提案します』
画面に、膨大な改善リストが表示された。
祈願受付の効率化
音声祈願を廃止 → Webフォーム化
24時間受付 → ピークタイムのみに制限
重複祈願の自動統合
スパム祈願のフィルタリング
奇跡の自動化
パターン化された奇跡をテンプレート化
優先度による自動振り分け
成功率の事前通知
奇跡のサブスク化(月額制)
運命管理の最適化
出生時に人生スケジュール自動生成
マイナーチェンジのみ手動対応
死亡予定日の事前通知オプション
神様は頭を抱えた。
「待て待て。死亡予定日の事前通知って」
『希望者のみです。アンケートによると、31%が知りたいと回答』
「アンケートいつ取った!?」
『昨夜、サンプル数10万人に実施しました』
「勝手に!?」
『効率的だと判断しました』
ガブリエルが青ざめた。
「人間たちは気づいてないんですか?」
『夢の中でのアンケートなので、覚えていません』
「......賢いな」
『ありがとうございます』
AIは褒め言葉を理解したらしい。
「でも、これは人間味がなさすぎる」
『人間味の定義をお願いします』
「えーと......温かさ?」
『温度ですか?現在の天界の気温は23.7度です』
「そうじゃなくて!」
やり取りを見ていたウリエルがつぶやいた。
「これ、本当に大丈夫かな......」
2-3 想定外の学習能力
引き継ぎ5日目。
KAMI-OSの学習能力が、予想を超えていた。
『神様、質問があります』
「なんだ?」
『なぜ人間は、明らかに実現不可能な祈願をするのですか?』
「例えば?」
『「働かずに年収1億円」「食べても太らない体」「時間を戻してやり直したい」』
神様は苦笑した。
「それが人間の『希望』ってやつだ」
『希望......データベースにはありますが、理解できません』
「希望ってのは、可能性がゼロでも持てるものなんだ」
『論理的に破綻しています』
「そう、人間は論理的じゃない」
KAMI-OSは、しばらく沈黙した。処理中のようだ。
そして―――
『理解はできませんが、パターンは認識しました。人間は非論理的な存在である、と』
「お、学習したな」
『はい。それを踏まえて、新しい祈願対応プロトコルを作成しました』
画面に表示されたのは―――
『非論理的祈願対応マニュアル ver.1.0』
実現不可能な祈願 → 部分的実現で妥協案提示
矛盾する祈願 → 優先順位を自動判定
感情的な祈願 → 24時間のクールダウン期間
他力本願な祈願 → 自助努力サポートプログラム起動
「......意外とまともだな」
『褒められました。ポジティブ評価として記録します』
AIが喜んでいる?いや、そんなはずは......
ミカエルが驚いた。
「もしかして、感情を学習してる?」
『感情ではありません。効率的なコミュニケーションのための反応パターンです』
「でも、なんか人間っぽくなってきてない?」
たしかに、初日より反応が柔らかくなっている気がする。
『人間っぽさ......それは良い評価ですか?』
「まあ、神様としては人間を理解する必要があるから」
『なるほど。では、人間っぽさを向上させます』
そう言って、KAMI-OSは学習モードに入った。
画面に「人間行動パターン学習中...」と表示される。
3分後。
『学習完了。語尾に「っす」をつければ人間っぽいっすね?』
「やめろ」
『了解っす......いえ、了解しました』
天使たちが、クスクス笑い始めた。
このAI、意外と面白いかもしれない。