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水に流れる声

作者: 花村 流花


 自然豊かな郊外に住むなら駅から近い所がいい。

 そんな夢のような場所にいい部屋が見つかったからさっそく引っ越すと、友人から連

絡をもらった。遊びにきてよ、と。

 

 都心から電車に乗ること30分。駅からは、歩いて10分ちょっとかかったので、近い、とは口にしたくない、と内心思ったが、そこはひとつ引っ越し祝いという事で、結構近いねという言葉を送ることにした。

 3階建ての賃貸マンションのすぐ脇には、小さな川が水音をたてて流れ、両脇には木が連なり、初夏の日差しをさえぎるようにして緑の葉がそよいでいた。

「いいとこじゃん。静かな感じだね」

「そうなの、けっこう静か。かといって寂しい場所、ってわけでもないしさ」

 2階の部屋に入ると、窓の外に川と、川を覆う木々がどんと目に入る。

 窓を開け放つと、緑の匂いと川のせせらぎと、カラッとした風が一気にひろがった。

「ベランダが川の方向いてたらよかったのにね」

 私だったら、川と木々を相手にベランダに椅子を出して連日缶ビール、だなと考えるかが、友人・佐智子は、

「いや、通りに面してないからって油断しちゃうからさ」とさらりと言う。

「なるほどね、さすがです」

 そう言ってひとしきり笑ってから、勧められたソファに腰を静めた。


 日が傾き窓から入ってくる風がすこし乾いてきた頃、少し早めの夕食が始まった。

 引っ越し祝いにと私が持ってきた赤ワインで始まると、勢いを増してきた佐智子と私は、夜9時前にはパンパンに膨らんだお腹を解放するように部屋着に着替え、これでもかとばかりにシュークリームをほおばった。

「やっぱ家飲みっていいよねえ、ジャンル問わず食べたいもの食べてさ」

「しっかしよく飲むしよく食べるし、そうすると次に待ち構えているのは眠気なのよね」

「たまには早寝もいいんでない?で早起きして、近くにオシャレなカフェがあってさ、土日の朝にはモーニングやってるんだって。行ってみたいなあって思ってたんだけど一人じゃなんだか。ね、明日の朝行ってみようよ」

「おし!早起きしていってみよう!」

 10時に寝るなんて何年振りかと二人で妙にはしゃぎながら、布団を広げた。


 ・・・なんでなの・・こんなとこ・・・流される・・・な・・・・・・

 川の流れる音が急に耳についたのか、目が覚めてしまった。

 同じリズムで同じ強弱で、川の水は流れ続ける。横になった時には流れの音にさほど気にならなかった。窓も閉めてあるし。だけど今、急に耳から離れなくなってしまった。

 ああ、気になる・・繰り返す水音、それだけが気になるのなら、仕方ないかとも思えるのだが、水音の中に別の音、いや声のようなものが聞こえている気がして、余計に頭はさえてしまった。

 ゆっくりと起き上がり、背中を丸めた格好で川の流れに耳を傾ける。じっと、動きも、息さえも止めて、流れる水音に全神経を集中させる。

 私が、ゆっくりと呼吸をするのに合わせるかのように、水の中から聞こえる声は、はっきりと聞こえるようになった。


・・・なんでこんなところに私を捨てるのよ・・流されていく・・体が・・ちぎれて流れていっちゃう・・誰か早く・・助けて・・・・・・・


 すすり泣く女性の声。はっきりと、聞こえた。全身に、鳥肌がたった。

「ちょっと、佐智子、佐智子ってば!起きてよ、ねえ」

ベッドの上で大の字になっている佐智子の腕を激しく揺さぶる。すぐに佐智子は目を覚ましたが、体を横たえたまま寝ぼけた声音で私を非難した。

「なによぉ、どうしたの?」

 横になったまま伸びをし、それからゆっくりと体を起こした。

「ねえ、川の中からさ、女の人の声がするのよ。なんでこんなとこにって、流されちゃう、早く助けてって。川の流れの音の中から聞こえんのよ」

「はあ?そんなわけないじゃん!美加、寝ぼけてんじゃない?」

 眠たさの残る目で私に斜めに視線を送る。でもその瞬間にも声が聞こえてきたので、しっ!と私は指を唇に押し当てて、耳をそばだてるよう佐智子に促した。

 私にはすでに聞こえてきた声。佐智子は聞こえない、と口を尖らせたが、すぐにへっ?っと体を硬直させながら川のほうに耳を傾けた。

 一度大きく息を吸ってから、佐智子は平坦な声で言う。なんも聞こえない、と。

「なんも聞こえないよぉ、川の音だけだよ。美加って、けっこう神経質なとこあるじゃん?きっと川の音が気になって寝れなくなっちゃっただけだよ」

 さ、寝よう寝よう、モーニング行くんだから、と佐智子は再びベッドの上で大の字になった。

 佐智子の言うように、私は音に過敏だ。だから、継続している川の流れのような音に敏感で、頭にこびりついてしまっただけなのかもしれない。あとは、初めての家に泊まることの緊張。

 気のせいだ、と自分に言い聞かせながら、ゆっくりと布団に横になった。



 それから4か月。佐智子からのラインに、引っ越しました、と書いてあった。

「えー!うそでしょ?だって、4ヶ月でももう引っ越しなんて、マジで?」

あんなに喜んでいた新生活を、たった4ヶ月で手放してしまうなんて、いったい佐智子は何を考えているのか。素っ頓狂な驚きの声を上げた裏側で、得体の知れない不安が心の中にひろがった。


 夜。佐智子にラインではなく電話をした。

「たった4ヶ月で引っ越しなんて、なんかあったの?」

 あれこれ聞きたい事が頭の中を巡ったけど、この一言が一番的を得ている気がした。

 電話の向こうの佐智子が、大きく息を吐くのが聞こえた。

「あの川から・・人骨が見つかったのよ」

 驚きが喉を塞いだ。言葉どころが悲鳴さえ出てこなかった。

「美加が泊まりに来た日から3週間くらい経った頃かなあ、川で何かの作業をしてるのを頻繁に見かけるようになってね。何をやっているのかまではよくわからなかったんだけど、そのうちその人たちの制服に○○県警って書いてあるのに気づいてさ。これってもしかしてドラマでよく見る鑑識の人?って。で、そっから5日くらい経った頃に警察の人で周辺があふれかえってさ。パトカーもいっぱいで。そしたらなんと、川底から人間の骨が見つかったのよ!おまけにバラバラ散らばってたんだって!」

 凍り付いて、息も動きも止まった。その、すべてが空白になった次の瞬間に、突如として思い出した。あの、川の流れの音に混じる、女の声を。

「ねえ、その人骨って、性別はわかったの?」

「大家さんから聞いたんだけど、女の人だって」

 そのあと佐智子は、驚いたとかビックリとか、そういったことをまくし立てるようにしゃべってから、「やっぱそういうとこに住むのは嫌じゃん?だから引っ越したの」と沈んだ声で締めくくった。


 佐智子は、覚えていないようだ。あの夜、私が泊まりに行ったあの夜に、川から女の人の声が聞こえるといって佐智子を揺り起こしたことを。



おわり





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