第2話『復讐の羽音』 (中編)
「侵入を確認。対象、赤沢家二階、東側の居住空間。作戦コード:パセリリベンジ、開始します!」
そう叫んだのは、空飛ぶミニチュア戦士たちの中でも一際威厳のある一体だった。
身体は5センチ。葉っぱでできたマントが翻り、金属光沢のような甲冑を着ているが、どう見ても素材はどんぐり。
手には針のような槍、背中には小さな剣。
だがその眼光だけは、戦う者のそれだった。
「この家を制圧せよ! 戦士パセリの仇は、必ず討つ!」
「ちょ、待って、仇討ち!? え、やっぱりあれ……パセリって名前だったの!?」
加奈が叫びながら、壁際に後退する。
その足元には、未開封の殺虫スプレーが転がっていた。
「ゴキに見えたの! ゴキだったじゃん! 9割は黒かったし!!」
「いや、1割でも人型だったらやめとこうよ普通……」
梨花がつぶやく。
妖精たちは怒りに燃えながら空中で編隊を組み、換気扇からの増援もぞくぞくと到着していた。
「赤いスプレー部隊、前へ! 魔法部隊は陣形Bで展開せよ!」
「やばいやばいやばいやばいやばいやばい!!」
加奈、ついに再びスプレーを手に取り――
「くらええええええ!!!!!」
シューーーッ!!!
殺虫スプレー第2ラウンドが始まった。
霧が舞い、部屋が再び真っ白に。
しかし――
「ぶえっ! 目がしみる!」
「くしゃみ出るぅぅぅ!!」
妖精たちは咳き込みつつも、全然倒れていない。むしろ怒り倍増。
一部が小さな火球を手のひらから投げ、別の一体は足元に氷の罠を設置するなど、攻撃手段が普通にファンタジーだった。
「火!? 今火が出たよ!? あれ合法!?」
「わかんないけどたぶんこの家、魔法保険とか入ってないよ!」
梨花がクッションを盾に応戦しつつ言う。
加奈はついに限界を迎え、スマホを手に叫んだ。
「もうだめだ! 美穂! 美穂に電話するしかない!!」
電話帳をスクロール。
非常時用フォルダ【災害・変異・芹沢】を開き、【芹沢 美穂】をタップ。
──プルルル……プルルル……
「出ろ……出てぇぇ……!」
──ピッ
「……出た!! 美穂っ!!」
「やはり来たか……」
電話越しから、妙に低く落ち着いた声が返ってくる。
「へ?」
「私はずっと、この時を待っていたのよ……」
「なにその開幕ボス戦みたいな入り!? 聞いて美穂! 妖精がね!? 来ててね!? 魔法とか飛んできてね!? ていうか一人殺しちゃっててね!?」
「パセリ……彼女は先陣の“観測者”だったに違いない。お前が引き金を引いた……いや、引かされたのかもしれない」
「落ち着いて話聞いて!? 私の今の状況、“虫と戦ってる人”じゃなくて“命がけのテロリスト”みたいになってるから!!」
「わかった。私は行く。今こそ、戦う時……!」
──ピッ。
通話が、唐突に切れた。
「え? えっ……!? 来るの!? 本当に来るの!? ていうかなんか話通じてなかったような!?」
加奈がうろたえる中、画面には「通話終了」の文字が虚しく光っていた。
その頃――
芹沢美穂の部屋。
「フフ……」
机に並べられた装備。
模造刀(木製)、スキーゴーグル、手作りの魔除け札(ラミネート済)、そして“妖精用迎撃スプレー(中身はただの香水)”。
「パセリ……私は君の死を無駄にはしない。今、門は開かれた」
ゴーグルを額に乗せ、木刀を背負い、制服の上に赤いジャージを羽織って――
芹沢美穂は家を出た。
「我が盟友よ、ついに共に戦う時が来たな……!」