第2話『復讐の羽音』 (前編)
あれから、十数分が経っていた。
部屋の中央には、静寂だけが残っていた。
床には倒れた“妖精のような何か”。ティッシュで包まれ、机の上にそっと安置されている。
犯人――もとい、姉の加奈はソファで膝を抱えて縮こまっていた。
「いや、でもさ……ゴキに見えるほうが悪いよね……?」
「見間違えて殺したあとにそのセリフは通用しないと思う」
梨花はアイスの棒をゴミ箱に投げ捨てながら呟いた。
顔は変わらず真顔。だが、部屋の空気が明らかに“普通じゃない”ことには気づいているようだった。
「……これ、さすがに現実じゃないよね?」
「じゃあ何? 夢? こんな不快なディテールに全力の夢?」
加奈はぶるぶる震えながら立ち上がる。
念のため窓を開けて外の空気でも吸おうと、カーテンを開いた――その瞬間。
──バンッ!!!
「ひゃあああああっっ!!?」
突如として、玄関のドアが閉まる音が、家全体に響き渡った。
続けて「カチャン」と、鍵が自然に閉まる音。
「……え、いま……誰も触ってないよね?」
「はい、アウト。夢じゃないけど現実でもないやつだコレ」
梨花が口をへの字にしながらつぶやいた。
すると次の瞬間――
──ビキッ、バリバリバリッ!!
窓ガラスに、霜のようなものが急速に広がっていく。
外は真夏のはずなのに、ガラスが白く曇り、凍り始めていた。
「ちょっ……! クーラー強すぎるとかじゃないよね!?」
「冷房のせいで窓が氷る家あったら法規制されてるよ」
部屋の空気が変わっていく。
湿気を含んだ熱気が一気に引き、代わりに肌に刺さるような冷たさが流れ込む。
風は吹いていないのに、何かの気配だけが濃くなっていく。
電波も急に不安定になり、テレビはノイズまみれに。スマホの電波も圏外になった。
「なんか……これって……」
「もう異常現象だよね、完全に」
「うん、知ってた。これは夢! これは夢だから!! 現実逃避モード発動するから!!!」
加奈は両手で耳を塞ぎ、ソファに顔をうずめた。
梨花は腕を組み、無表情のまま言う。
「……どうする? ここまできたら、オカルト寄りの何かが起きる予感しかしないけど」
「ねえ、お願いだから、“気のせいでした”ってオチで終わってぇぇぇぇ……!!」
──その時だった。
どこからともなく、**パタ……パタ……**と、羽ばたくような音が聞こえてきた。
最初はかすか。耳の奥で何かがこすれるような音。
それがじわじわと、はっきり、確かに、増えていく。
「……ねえ、これ……来てるよね?」
加奈が顔を上げた。
梨花も、ゆっくりと頭上を見上げた。
天井の隙間。換気扇。通気口。
そこから――
ぞろぞろと、羽音をまとった“小さな影”たちが侵入してきた。
手のひらサイズ。葉っぱの鎧に、枝の槍。
ラメのように光る羽。怒りに燃えた目。小さなマントをはためかせて――
彼らは、本物の妖精たちだった。