第5話『バトル・オブ・ベランダ』 (前編)
朝。
部屋の空気が、やたら乾燥していた。
「……ん゛ぁ……喉カッスカス……」
毛布を頭からかぶった加奈が、もぞもぞと起き上がる。
天井からはまだ、かすかに金色の粉が舞っているが、昨夜の羽音は途絶えていた。
「……生きてる……? 私たち、まだ人間界にいる?」
寝ぼけたまま、バリケードの隙間から差し込む光を見て、加奈は目をこすった。
外が、明るい。しかも、晴れている。
「お、おお……太陽……文明……酸素……!」
床に転がっていたスナック菓子を握りしめ、崇めるように窓へにじり寄る。
「ちょ、ちょっとだけ開けていいよね……換気大事、換気……」
そっと窓のロックを外し、ほんの5センチだけスライド。
その隙間から、ひんやりとした靄のような空気が入り込んできた。
「……ん?」
ベランダの床が、うっすらと白く霞んでいる。
よく目を凝らすと、そこには――
小さな足跡。
並べられた葉っぱや小石、ミニサイズの柵や旗。
「え、なにこれ……ミニチュア……?」
だがそれは、間違いなく“陣地”だった。
妖精たちが、ベランダに前線基地を築いていたのだ。
「おい。見つけたわ」
背後から美穂がゴーグル姿で現れ、眼鏡の上から鋭い目つきで窓の外を指差す。
「やっぱり外からの侵入ルートはベランダよ。ここが開いてる限り、妖精たちの転送網は生きてるってこと」
「つまり……ここを潰さないと、延々と攻め込まれる」
梨花がため息まじりに分析する。
「じゃ、やるしかないか……“ベランダ掃除”って名目の戦争を」
加奈がフライパンを取り出し、トンッと床に打ちつけた。
「作戦名は?」
「……“朝焼けベランダ作戦”。どう?」
「かっこよく聞こえるけど、内容はただの家事なんだよなぁ……」
10分後。
三人は、装備を整えていた。
作戦装備リスト:
加奈:フライパン+スリッパ+根性論。洗濯カゴを盾代わりに装備
美穂:木刀+アイマスク(集中力アップと主張)+魔除けのお札
梨花:百均のトング+懐中電灯+ホイッスル。レジャーシートをマント代わりに着用
「……いや、なにこれ。完全にコスプレパーティーじゃん」
加奈がつっこむと、美穂は真顔で答える。
「我ら、光と鉄と炭水化物を司る三戦士。これより敵領地に突入する」
「炭水化物担当、私じゃん!? なにそれ嫌なんだけど!!」
「じゃああなた何? 武器パンだし、合ってるでしょ?」
準備は整った。
加奈が深呼吸して、そっと窓を開ける。
「いくよ……!」
ベランダの靄が、ゆっくりと三人を包み込む。
その中から――パタッ、パタパタパタ……!
羽音。
洗濯物の陰から、妖精たちが現れた。
「くっ、やっぱり来た!」
「上にもいる! タオルの裏! 視界の上、見て!」
「右、鉢植え! 弓兵ポジション!!」
加奈:「その用語いらないから!!」
嵐のような戦闘が始まった。