第4話『妖精vsチョコチップパン』 (後編)
「……これ、見て」
パンで妖精たちを追い払った直後。
梨花が、落ちていた小さな金属のバッジのようなものを拾い上げた。
手のひらに乗るほどの大きさ。
中央には、月と羽の紋章が刻まれている。
「どこかの紋章かな。王族とか……?」
「あるいは……階級章かも。部隊章って可能性もある」
美穂がバッジをルーペで覗き込み、ゴーグルをずらす。
「妖精たちが落としてったものだとしたら、彼らの組織構造を示す貴重な証拠ね」
「証拠って……この戦い、いつ裁判に持ち込むつもりなの?」
「いつだって事実の記録は大事なのよ。戦争っていうのは、勝って終わりじゃないんだから」
「この人、戦争ドキュメンタリーみたいなテンションで会話してくるんだけど!!?」
それでも、バッジの存在は、明らかにこれまでと“異なる意味”を帯びていた。
「……私たち、いま完全に異世界の軍事国家と敵対関係にあるわけで……」
加奈が天井を見上げる。
「……なのに、主力兵器がチョコパンってどういう状況なんだろう」
「戦争って案外、そんなもんかもね」
美穂が苦笑しながら言った。
夜。
バリケードの内側は、静まり返っていた。
見張りシフトに従い、梨花がスマホを片手に、静かに目を光らせている。
スープの残りがぬるくなり、時計は午前3時を回っていた。
ふと。
カーテンの隙間から、夜空が見えた。
「……あれ?」
そこに浮かんでいた月は、不自然に欠けたまま動かない。
まるで、時間が止まったかのように、静止した月。
けれど星は、ちゃんと瞬いていた。
「……この空、もう私たちの世界じゃないのかもね」
梨花の背後で、美穂がつぶやいた。
彼女はゴーグルをしたまま眠っていたはずなのに、いつの間にか目覚めていた。
「この家全体が、少しずつ“異界”に取り込まれてる。
月が動かないってことは……時間そのものの“概念”もズレ始めてる」
「ズレるとかやめて……私、夏休み明けにレポート出すんだけど……!」
加奈が寝ぼけた顔で毛布から顔を出した。
「現実的すぎて逆に安心するわ、その発言」
だがその安心も、次の一音でかき消される。
――キィィィィィィ……
「……今の、なに?」
羽音だった。
けれど、これまでの妖精とは違う、もっと鋭く、重たい羽音。
「……来るね。次の“敵”が」
三人は沈黙した。
夜の深さが増すごとに、“戦いの質”が、じわじわと変化しているのを全員が感じていた。
異世界の兵が、一歩ずつ、こちらの世界に侵食してきている。
月は動かず、パンは武器となり、少女たちはバリケードの奥で肩を寄せ合う。
次の夜は、さらに激しくなる。
そう、確信しながら。
→ 第5話『バトル・オブ・ベランダ』へ続く!