第4話『妖精vsチョコチップパン』 (前編)
朝。
防衛拠点と化した加奈の部屋には、今日も段ボールの壁とアルミホイルの窓が光を弾き返していた。
「よし、朝の会を始めよう」
梨花がぺたんと正座し、メモ帳を開いた。
スケジュール、物資表、敵の傾向──彼女のノートはすでに軍事文書の趣すらある。
「まず、トイレは札制導入。使用中はドアに“トイレ中”プレートを貼ること」
「貼らなくても人間的に察してほしいんだけど」
「美穂が貼らないで開けてきたんだから仕方ないでしょ」
「いや、音で判断できるかと思って……」
「やめて!? 人間的尊厳を返して!?」
「あと、食料は1日3回の配給制にする。間食は禁止。特に、チョコ菓子は封印」
「えぇええ!? チョコ封印ってそれ、私の生きる意味を奪う行為だよ!? 憲法違反だよ!?」
「君にチョコを与えると、食糧在庫の5割が1日で消えるのだ。統計的に」
「ちょっとぉぉぉぉ!!?!」
「そして……これ重要。夜の見張り交代時には“タコ踊り”で起こすことを義務とする」
「は!? タコ踊り!? それ必要!?」
梨花は真顔でうなずいた。
「羞恥心で脳を覚醒させるのが、最も効率が良い」
「戦時中の発想じゃないのそれ!?」
「安心して。私はやらないから」
「なんで私だけー!!?」
日が高くなるにつれ、異変は起きた。
通気口から、またしても小さな羽音。パタパタ、パタパタと増幅する音。
そして──突如、壁が光った。
「来た! 本日の妖精来襲、始まった!」
がちゃっ。スライドドアが軋み、小さな矢が部屋の中を横切る。
「いったああ!? 何これ!? アイスピック!?」
美穂が即座に分析する。
「魔法型だわ。氷属性中心。昨日と違うパターンね」
さらに続く物理型部隊。
机の上のシャープペンがごろっと動き、妖精たちが「突撃ー!」と叫びながら一斉に飛び込んでくる。
「壁がァァァ! 押されてるぅぅ!」
その時──加奈の視界に、**信じがたい“幻覚”**が映る。
「……あれ?」
ドアの向こう、見覚えのある姿。
母。ハワイ帰りのテンションを完全に失った無表情な母が、ぼろぼろの部屋を見て立ち尽くしていた。
「えっ……あの、これはその、違うんです、虫が出て、そしたら妖精で……!」
母は何も言わず、ただ……一滴、涙をこぼした。
「……ギャーーーーッ!!」
加奈、崩壊。
「え!? 加奈!? どうしたの!?」
「心理攻撃来たー!! 精神にダイレクトアタックきたー!!」
美穂が妖精を一体、トンッと叩き落とす。
「幻覚型も出てきた……厄介だわ。明らかに戦術のレベルが上がってる」
梨花が壁のカレンダーを見ながらつぶやいた。
「これ、もし毎日バリエーション変えてくるなら……長期戦になるよ」
「ムリムリムリムリ! 精神と時の部屋みたいになってきたー!」
妖精との攻防が、日に日に“進化”していく気配。
そして加奈たちは、まだそれを受け止める土台すら完成していなかった。