第四章〜戦闘
「よくもあたしの大事なところ、触ってくれたわね。このヘンタイ」
低く唸るような声が背後からしたので振り返った。
化粧っ気のない倫子の額には、玉のような汗が浮いているようだった。
その目つきの鋭さから、彼女がお怒りモードにあるのは明らかだった。この殺気は、倫子特有のものだ。
──しまった!武器を持って来忘れた!
発電 僕は気がついた。とっさの判断でここに誘き寄せたのだから、武器を用意する余裕などなかった。それでも 何かしら 手にできるものを持ってくるべきだったのではないか?僕は後悔した。
素手の状態でお怒りモードの彼女と対峙するのは危険過ぎる。
倫子がじりじりと間合いを詰めてきていた。距離にして5メートル。僕の背後には転落防止用の金網が迫っていて、これ以上後退りするスペースはなかった。
「よくも触ったわね」
彼女は、 再び 口を開いた。僕は何の返答もできない。
──何とか彼女のご機嫌をよくさせる方法はないものだろうか?僕は恐怖のあまり あまり 現実的でない方法を考え始めていた。お怒りモードの倫子の機嫌を直させるなど、今の今まで成功した試しはなかった。
倫子は、手に持ったスマートフォンを懐に仕舞った。次に、何らかの拳法の構えのようなポーズを見せた。彼女は僕をを襲ってくるつもりらしかった。
さらに間合いは詰められた。四面楚歌。排水の陣。窮すれば。自棄のやん八。
色々な言葉が脳裏を過った。どれもこの状況に当てはまっているようでもあり どれも違うようにも思われた。
ふと眼を上げると、彼女と 視線が合った。彼女 本気で僕を仕留めようとしているようだった。天気が感じられた。
僕は何とか、必死に言葉を紡いだ。時間稼ぎをした。少しでも長く生きていたかった。殺意を感じた。
「今日は一段と綺麗だね、倫子ちゃん。凛としているよ。素敵だ」
咄嗟に出た言葉だった。それが彼女の耳に届いてるかどうかも分からなかった。彼女が細い腕を振りかぶった。何らかの技が繰り出されるのは分かっていた。僕は言葉を紡いだ。
「い、いや、か、カワイ、カワイイよ」
繰り出されるであろう技はきっと強力だ。僕などひとたまりもないかもしれない。この騒動の原因を聞いてみたかった。もうその時間はなさそうだった。
「好きだ倫子ちゃん」
最後の最後に僕は本音を言った。彼女のギャップは最高だ。