両親の影
「この記録、どう思う?」
親友のルチアがそう言って、私に手渡したのは、王都の中央図書院で見つけた古い書物だった。
『魔王戦役終結記録 第十二稿』
表紙の革は擦り切れ、ページの端も黄ばんでいた。
「……また歴史マニア趣味? って言いたいとこだけど……この名前……」
私の視線が止まったのは、本文のある一節。
“魔王討伐戦において最大の戦功を挙げたふたりの名――光の勇者レオン、聖なる癒し手ソフィア。
その後の記録は不明、功績を辞退し、表舞台から姿を消す”
勇者と聖女。どこかで聞いたような――いや、聞き慣れているような名だった。
ロラン。
ミラ。
私の父と母の名前とは、少し違う。でも、なぜだろう。どこか、引っかかる。
◇
「おかえり、アリア」
数日後、私は学苑の休暇を使って故郷の村フェルンへと帰省していた。
父・ロランは相変わらず無口で、母・ミラは少しだけ白髪が増えていた。
「お土産? ありがとうねぇ。……って、また“炊飯鍋”の改良品?」
「うん! 今度は圧力調整に魔導スイッチつけてみたの。無音設計だよ!」
両親とのやり取りは、いつもと変わらない“日常”だった。
でも、心の奥では小さな違和感がくすぶっていた。
――私は本当に、この人たちの娘なのか?
◇
夜。私はふと、物置の整理を思いついた。
懐かしい木箱を開けると、古びた日誌と、革の巻物が出てきた。
その中に――一枚の地図と手書きの記録が挟まれていた。
《魔王戦最終拠点・北境バスリア遺跡/記録者:不明》
その地図には、父が何度も「昔、修行で行ったことがある」と言っていた場所が示されていた。
そして、その下に、古代文字でこう書かれていた。
“この地で剣を振るった者の名は――レ、○○○”
文字は途中でにじみ、読めなかった。
でも、はっきりと読み取れたのは、“R”から始まる名。
「……ロラン?」
なぜ、ここにそんな記述が?
この巻物を、父は一言も語ったことがなかった。
気づけば、私はその場に膝をついていた。
◇
「私……何も知らないんだな」
両親の過去。自分の出自。村の記録にもない空白の部分。
何かがある。
でも、それが“何か”を知る勇気が、今はなかった。
それでも、私は自分に言い聞かせる。
「私はアリア・ブレイユ。ロランとミラの娘。……それだけで、いい」
でも、その夜、初めて“家族の影”を夢に見た。
ぼやけた輪郭の中に立つふたり。
その背には、誰も見たことのないほど強く、優しい光が揺れていた。