嫌がらせ
・・机の中に、腐った果実が入っていた。
それを見た瞬間、私は「ああ、来たか」と思った。
セリカ学苑に入学してから三週間。
お弁当販売の再挑戦も着実に進み、私のことを名前で呼んでくれる子も増えてきた。
でも、それが気に食わない人たちが、当然いた。
貴族派。
特に保守的な家柄の女子グループが中心で、「平民が目立つのはみっともない」と公言してはばからない面々だった。
最初は廊下での陰口。
次に、教科書のページを破かれ、筆記具がなくなった。
そして今日――机の中の嫌がらせ。
私は、それらにひとつも反応しなかった。
「スルースキル、レベル5……!」
心の中で唱えて、自分を保った。高校時代のいじめ経験がここで活きるとは。ありがたくないけど。
でも、問題は次だった。
◇
昼休み、お弁当販売をしていると――
「……ねえ、あれ、アリアの弁当よね?」
「どうして? 食べてた子、急に倒れたって」
その言葉に、血の気が引いた。
私の弁当を食べた平民の女子生徒が、保健室に運ばれたという。
駆けつけると、彼女はベッドで苦しそうにしていた。
でも、医師によると原因は“胃の冷え”と“疲労”。食事ではなかった。
私は安堵した。でも、噂は止まらない。
「やっぱり、毒でも入ってたんじゃ?」
「平民のやることなんて、所詮その程度」
私は、弁当箱を抱えて中庭にしゃがみ込んだ。
「ああ……また、空回りだな……」
◇
「下ばかり向くなよ、アリア」
頭上から声がした。
振り向くと、カイル・エグレアがいた。
あの俺様四輝星が、何故か仁王立ちしている。
「え……な、なに?」
「お前の弁当を食べるのは、そんなに危険なのか?」
彼は堂々と、私の弁当をひとつ手に取り、開けた。
「お、おいカイル!? やめなよ、今噂が――!」
「毒が入ってたら死んでやる」
そのままひとくち。
「……」
「……どう?」
「うまい」
即答だった。
「文句ある奴は、俺のところに来い。平民だろうがなんだろうが、“食えるもん”を作った奴は称賛されて然るべきだ」
私は……涙が出そうだった。
怖い。悔しい。やめたい。そう思った瞬間もあった。
でも、こうして誰かがそばにいてくれるなら――
「ありがとう。……次はもっと、美味しく作るね」
「当たり前だ。俺様の口に合わないなんて、許されない」
不器用すぎる励ましだったけど、胸があたたかくなった。
◇
その夜、私は日記にこう記した。
《私を信じてくれる人のために、私は笑っていたい》
“負けない”って言うのは簡単だけど、
“笑い続ける”って、実はすごく勇気のいることなんだ。
この第5話は、アリアが初めて“集団からの悪意”と真正面から向き合うエピソードです。
ライトノベルでは珍しくない「嫌がらせ描写」ですが、今回は「反撃」ではなく「踏みとどまる」ことに意味を置きました。
なぜなら、アリアにとって一番大事なのは“勝つこと”ではなく、“誰かに喜んでもらうこと”だからです。
そしてカイルという一見高慢な存在が、少しだけその価値観に引き寄せられていく姿も、物語の鍵になっていきます。
この物語は、アリアが“誰かのために努力し続ける強さ”を武器に、少しずつ世界を変えていく物語です。
あなたの中にも、そういうアリアが、きっといます。