初めての涙と友情
「はあ……失敗、また失敗……」
私は、学苑の中庭にぽつんと座り込んでいた。冬の冷気が石畳を冷やし、頬に触れる風は乾いて冷たい。
弁当販売がレオノルドの一声で中止になってからというもの、どうにも気持ちが晴れなかった。
レオノルドは悪くない。むしろ、ルールに従っただけ。
……でも、だからといって悔しさが消えるわけじゃない。
「全部、空回りだなあ……」
それでも、あきらめられない。
せっかく転生してきたこの世界。
何も残せなかった前の人生の分も、私はここで自分の価値を証明したい。
「だけど、なんでこんなにうまくいかないの……」
ぽつりとつぶやいた瞬間。
「――それ、俺にも言わせて?」
声に振り向くと、立っていたのは金髪碧眼の青年、ユリウス・フロル。
セリカ学苑の四輝星の一人。軽薄で、女好きで、いつも軽口ばかり叩いている。――そんな印象だった。
「また、からかいに来たの?」
「いやいや。今日はマジ。……君の弁当、ほんとに評判だったんだよ?」
「嘘。買ってくれた人たち、皆沈黙してたもん」
「それ、感動してたの。……俺も、実は食べた」
「えっ」
ユリウスはポケットから、ぺたんこの空き容器を取り出して見せた。
「甘い玉子、しょっぱい味噌、ふわふわパン……マジで新しかった。王都のカフェでも、出せるレベル」
「う、うそ……」
褒められ慣れてない私は、素直に受け取れず、視線をそらす。
「君さ。いつも頑張ってるの、みんな知ってるよ」
「……でも、うまくいかない。みんなと馴染めないし、嫌われてるし」
「まあ、派手にカイルに言い返したからね」
「……言わなきゃよかったのかな」
「それは違う」
ユリウスの声が、少しだけ低くなった。
「俺、昔から“空気読んで黙る”ってことばかりしてきた。だから、君みたいに真っ直ぐ言える人、ちょっと羨ましいんだ」
彼が、ほんの一瞬だけ、笑わなかった。
その顔が、妙に印象的だった。
「君がうまくいかないのってさ、多分“間違ってる”からじゃないと思うよ」
「……え?」
「ちょっとだけ、“早すぎる”だけ。君のやってること、時代が追いついてないだけなんじゃない?」
私は、その言葉に返す言葉を見つけられなかった。
何も言えず、ただ、胸が熱くなった。
「あっ……やば」
気づけば、目の端に、ひとしずく。
泣くつもりなんてなかったのに。
「おいおい! ちょっと!? 泣かせる気なかったよ!?」
「ち、ちがう……涙腺が勝手に……」
慌てて袖でごしごし拭ったけれど、涙は止まらない。
「……でも、ありがとう」
「へ?」
「ちょっと、報われた気がした。ひとりじゃないんだなって……」
ユリウスは困ったように笑って、それでもそっと隣に座った。
「じゃ、俺、君の初めての“友達”ってことでいい?」
「……うん」
「よーし、名誉ある“第一号アリアフレンド”就任だ!」
「それ、名称センスどうにかして」
笑った。ひさしぶりに、心から。
◇
その夜。私は寮の自室に戻り、ノートに新しい計画を書き込んだ。
《弁当販売、再挑戦》
・協力者:ユリウス(食レポ担当)
・味の改良+季節メニュー開発
・販売許可:教師の協力を得る
失敗したって、また始めればいい。
手を伸ばせば、支えてくれる人がいる。
それを教えてくれた彼に――ありがとうを。