チート計画始動(予定)
王都の名門《セリカ学苑》に入学したアリア。貴族社会の壁、イケメンエリート《四輝星》との最悪の出会いを経て、彼女は再びチート知識での一発逆転を目指す。しかし、選んだのは“日本式お弁当ビジネス”!? 学苑中を巻き込む大騒動が今、始まる――。
《セリカ学苑》、入学から一週間。
私はすでに、この学苑がいかに平民にとって“居心地の悪い場所”かを痛感していた。
「ねえ、見て。あれが推薦枠の……」
「平民のくせに、四輝星と同じクラスなんて不釣り合いよね」
廊下を歩けばひそひそ声、教室に入れば視線の針の雨。
前回、カイル・エグレアに言い返して以来、貴族生徒たちの敵意は倍増したらしい。
でも私は――
「ふふん、耐性あるし」
高校時代、日本の女子校で“スクールカースト”という戦場をくぐり抜けてきた私にとって、この程度の陰口はむしろ心地よいBGMだ。
ただ、今のままじゃまずい。
いくら自分を保っていても、このままだと「ただの空気」になってしまう。私には時間がない。ここで何か成果を出さなければ、“ただの変な転校生”で終わってしまう。
だから私は、決意した。
「やるしかない……“チート計画”!」
◇
私の武器は、日本で得た知識。理屈もマーケティングも、微妙に役立つ豆知識も詰め込んである。
ターゲット:平民寮の生徒たち
市場:昼食需要
勝機:味とコスパ、そして“映え”
つまり私は、《お弁当ビジネス》を始める!
◇
「なあ、これ……なんだ?」
翌日の昼休み、食堂の片隅に机を出した私は、勝負をかけた。
その名も――《アリアのあったか魔導弁当》
第一弾メニュー:ふわとろ玉子サンド+蒸し野菜の味噌マリネ+魔導瓶の紅茶
パンは、村から取り寄せた天然酵母使用の香ばしい焼きたて。
卵はふんわり半熟、味付けは甘辛の出汁巻き風。
味噌マリネは日本式の酸味とコクの絶妙バランス。
そして紅茶には、微量の温熱魔導石を仕込んであり、飲む瞬間だけほんのり温かくなる。
「これ、すごい……香りが……」
「パンの中、ふわふわ……なにこれ……とろける……!」
平民寮の生徒たちが、ぞろぞろと群がってくる。
手作りPOPを見て、女子たちが「かわいい〜!」と騒ぎ出した。
「やば、これ“映える”!」
「食堂の煮込みシチューより断然いいかも!」
手応えは上々。チート、来たかも……!
◇
だが、事態はそう簡単に進まない。
「……何をしている」
聞き慣れた、冷たい声。
振り返ると、銀髪の少年が立っていた。
レオノルド・アスリム。セリカ王国第一王子、かつ四輝星の一角。学苑内でも近寄りがたい存在として有名な彼だ。
「……弁当売ってますけど」
「この場所は学苑の“飲食区画”に指定されていない。許可は取ったか?」
「……いや、その、形式上は……」
「なら撤去しろ。規則は守れ」
言い方は淡々としているが、これ以上押せば退学レベルの問題になりそうだった。
「わ、わかりましたっ」
あっという間に机は片づけられ、魔導弁当の夢は儚く散った。
◇
私は平民寮のベッドに寝転び、ぼんやり天井を見ていた。
「……やっぱり、私ってチート向いてないのかな」
せっかく準備して、喜んでもらえて、やっと“居場所”になりそうだったのに。
その時――
「……おかわり、あるか?」
部屋の前で、扉越しに聞こえた声。
「……え?」
扉を開けると、そこに立っていたのはレオノルドだった。王子でありながら、静かにこちらを見つめている。
「さっき、買えなかった。気になっていた」
「……ある。まだ……一個だけ残ってる」
私は、そっとサンドイッチの包みを差し出した。
彼は受け取り、静かに一口かじる。
「……うまい。これが、“日本の知識”か」
「……どうして知ってるの?」
「……君が“普通”じゃないことは、誰が見ても明らかだ」
彼は、それだけ言うと立ち去っていった。
私の心の中には、風が通ったような静かな余韻が残った。
◇
その夜。
私は再び、ノートにペンを走らせる。
《弁当計画・第2案》
・販売場所の変更(許可申請のため先生を味方に)
・味付けバリエーション増加(甘・辛・和風)
・特注容器(魔導温度調整付き)導入検討
「まだ終わりじゃない。何度でもやり直せる。だって私は――」
チートなんてなくても、前に進めるって証明したい。
明日は、もっといい一日になる。