始祖の目覚め
――それは、静かすぎる夜だった。
王都から遠く離れた南方の高原地帯。
その中心にある、誰も近づかぬ古代遺跡〈ウル・セリオン〉の地下深く。
長い時を経て、ひび割れた封印石が、ひとつ、砕けた。
「……目覚めの時か。随分と、長く眠っていたな」
闇の中で、低く響く声。
ゆっくりと立ち上がったその存在は、まるで人の形をした影のようだった。
その身から滲み出る魔力は、王都の結界を越えて空気を震わせる。
「《誓約の魔印》が発現した……なるほど。“あの記録”の通りか」
そして彼は、ゆっくりと呟いた。
「名乗ろう。かつて人に“災厄の導”と呼ばれた、私の名を――
――ラグナ=ファウスト=アルカディア。この世界に魔導を与えし、最初の“魔導王”だ」
◇
その同刻。
王都の塔にて、アリアは胸に激しい鼓動を感じていた。
(また……魔印が疼く……)
右肩に浮かぶ紋様が、いつになく強く脈動している。
――ドクン、ドクン。
まるで何かを“呼び合っている”ような、脅迫的な共鳴。
「アリア!」
レオノルドが駆け込んできた。
「南方の結界が崩壊した! 魔導波の観測史上、最大規模だ!」
「まさか、封印が……」
「“始祖”が目覚めた可能性がある」
「始祖……?」
アリアはその言葉を、耳の奥で反芻した。
(どこかで……聞いたことがある……?)
いや、違う。
(――知っている)
彼の名を。
その声を。
その姿を。
(どうして……“私”が?)
◇
王族によって緊急招集された高位魔導師たちが議論を交わす中、
ディルク第二王子が静かに呟いた。
「彼は、戻ってきた。“世界を造った者”が、ついに動き出した」
「その目覚めに、アリアが関係しているとすれば……」
王国議会の重鎮が唾を飲む。
「アリア・ブレイユは、何者なのか?」
◇
そして夜。
王都の結界上空、魔力の嵐が吹き荒れる雲間に――
ラグナの姿が現れた。
「この国は、随分と変わったな。だが……」
その目が、まっすぐにアリアのいる方向を見つめる。
「――“お前”だけは変わらない。そうだな、No.87」
アリアの背筋に、戦慄が走った。
(……私のことを、知っている)
ラグナは、ゆっくりと語りかける。
「お前は“かつての私が作り出した、唯一の可能性”だ」
「忘れたか? 命を超える、魂の魔導契約を交わした日のことを――」
アリアの脳裏に、断片的な記憶が流れ込んでくる。
――「これが、最後の希望だ」
――「人の手では届かない世界を、君に託す」
(私が……始祖と、契約していた……?)
そのとき、魔印がまばゆく光を放ち、空気が震えた。
「ふふ……いずれ、全てを思い出す。その時こそ、お前の選択が世界を決める」
そう言い残して、ラグナは嵐のように消えた。
◇
その夜、アリアはひとり、研究室で結晶を握りしめていた。
「私の中に、もうひとつの記憶がある……
それは、この世界に来る前でも、日本にいた時でもない、
もっと……“遠い場所の記憶”」
王族でも、国家でもない。
人知れぬ“存在の始まり”を握る者として――
自分が、世界の運命に関わっていることを、彼女は確かに感じていた。
次回、最終話です。