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第二王子の影

春の陽射しがまぶしい、王都の学術区画。


アリアは資料館で、ひとり静かに古文書を読み漁っていた。

“第零魔導研究所”の記録、封印された魔導技術、そして“適性者”の存在。

どれも断片的で、決定的な証拠には届かない。


(もっと……確かな記録があれば)


そんな時、誰かが彼女の肩を軽く叩いた。


「君がアリア・ブレイユか」


低く抑えられた、よく通る声。

振り返ると、そこには一人の青年が立っていた。


切れ長の瞳、洗練された所作、どこか優雅な微笑。

彼は、まるで“役者”のような完璧な佇まいで――


「僕は、ディルク・エルセイン。第二王子だよ」



「第二王子……?」


その名を聞き、アリアは思わず目を見開いた。


第一王子レオノルドの異母弟にして、王位継承権第六位。

政務を嫌い、政治の表舞台にはほとんど出ない“隠れた天才”と噂されていた。


「君の研究、興味深く拝見していたよ。君の出自も含めて、ね」


「……私の出自?」


アリアは警戒を隠さずに問う。

だがディルクは、あくまで柔らかく、けれど芯のある声で言った。


「“No.87”……その記録、誰が残したと思う?」


「……!」


アリアは反射的に記録球を握った。


「安心して。僕は敵じゃない。ただ、少しだけ知ってるだけさ」


彼は片目だけで笑う。


「この国の裏側にはね、王族ですら知らぬ“魔導の影”がある。

君はその、最深部に触れようとしている」


「……だったら、なぜ話すんですか?」


「理由は簡単。“君の選択”が、王国の未来を左右するかもしれないから」


アリアは、ふと寒気を覚えた。

この男は――何を知っている? 何を望んでいる?



その夜、アリアは王立学苑の中央図書塔に忍び込んでいた。


ディルクが残した言葉。


「真実の一部は“深層層書庫”の鍵に隠されている。君になら、開けられるかもしれない」


王族しか入れぬはずの書庫。

だが、なぜかアリアの指が、封印結界に“拒絶されなかった”。


中に入ると、そこはまるで“古代の研究室”のようだった。


魔導陣、封印球、記録石――

すべてが、かつての研究を物語っていた。


ひときわ大きな結晶に近づくと、そこにはこう刻まれていた。


《開封条件:魔導因子適合率97%以上/記憶遮断歴あり》


そして、その下にはうっすらとした筆記体で、ひとつの名が――


A.B.


(私……なの?)


震える指先で結晶に触れると――


淡い光とともに、記憶の断片が脳裏に差し込んできた。



──「君は希望だ。どうか、生き延びてくれ」


──「……名前は、アリアにしよう。穏やかな春を生きてほしい」


──「記憶を封じても、心は……残るはずだ」


誰かの優しい声。

温かい手の感触。

そして、遠ざかる光。


アリアは、はっとして結晶から手を離した。


「誰……誰なの……私に、そんな風に……」


背後で、ふたたび誰かの気配がした。


「君は何も悪くない。ただ……生まれが特別すぎただけだ」


ディルクだった。


「君が自分を否定する必要はない。君は“結果”だ。――王国が犯した罪の、な」


アリアは彼に問う。


「なら、あなたは……どうしたいの?」


ディルクは静かに、けれど強く答えた。


「僕はね、この国を一度――“壊して、作り直す”つもりなんだ」


「……!」


「王子でいながら、正当な王位継承権もない。

ならせめて、未来だけでも創りたいだろう?」


その目には、王族の血を引きながらも“王に選ばれなかった者”の哀しみが宿っていた。


「君も、選べ。自分の手で、自分の道を」


そして彼は、闇に溶けるように去っていった。



その夜、アリアは夢を見る。


忘れたはずの“声”

忘れたはずの“手”


けれど、心の奥底に灯ったあの想いだけは、確かだった。


(私の道は、私が決める)


次に会うとき、私はもう、迷わない。


たとえその王子が“影”を抱えていたとしても――



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