転生しても楽じゃない
朝日が差し込む木造の窓から、鳥のさえずりが聞こえてくる。
私は、干し草のベッドの上で目を覚ました。
「……あれ? あ、そっか。もう“こっちの世界”だった」
夢の中で、また日本の通学路を歩いていた。制服にカバン、イヤホンから流れる音楽。次の瞬間、トラックのクラクション。まぶしい光。そして――。
目が覚めた時には、赤ん坊だった。
でもその時、私は確かに思ったのだ。
「あ、これ……異世界転生だ」と。
◇
「アリア、朝ごはんできてるわよ〜!」
母、ミラの声がする。小さな家の中に、ふんわりと香ばしいパンの匂いが広がる。私は慌てて服を着替えて、簡易テーブルに向かった。
「おはよう、母さん。父さんも」
「おう、起きたか。今日は炭炉の修理、手伝ってもらうぞ」
父のロランは、無骨な鍛冶屋。口数は少ないけれど、誰より家族を大切にしている。母のミラは薬草師で、村では“ミラさんの薬”と親しまれていた。
私・アリア・ブレイユは、セリカ王国の辺境にあるフェルン村で、そんなふたりの娘として育てられている。
……とはいえ、私は本当は転生者で、かつては現代日本の高校生だった。
◇
異世界に転生したとなれば、当然「チート能力」や「最強スキル」に期待するじゃない?
でも、私には何の才能もなかった。
剣術も魔法も、平凡そのもの。初めて火魔法を使おうとして「ぽふっ」と火花を出しただけで褒められるレベル。唯一の武器は、日本で得た知識――それも、ごく一般的な女子高生レベルのもの。
「よし、今日は“電子レンジ”を再現してみよう」
私は家の裏の作業小屋で、自作魔道具を組み立てていた。魔力を注ぐと内部が加熱される仕組み。……のはずだった。
「いけっ! 加熱開始――!」
ドゴォォン!!
「きゃあああああああああ!!」
煙と爆発音とともに、木の扉が吹き飛んだ。
「アリア!? 大丈夫か!?」
ロランが駆け込んでくる。
「ご、ごめんなさい! また“チートアイテム”の失敗で……」
ロランとミラは苦笑いしながらも、私を責めることはない。ただ一言。
「……まぁ、今日も生きててよかったよ」
◇
私は何度も夢見た。
――日本で得た知識で、この異世界で一発逆転してみせる!
でも現実は甘くない。やることなすこと、全部空回り。
《インスタ映えするカフェ風ごはん》は「妙な盛りつけ」として拒絶され、
《ポータブル魔導コンロ》は「火事を誘発」として村長から使用禁止命令。
《婚活市場の最適化理論》に至っては、村人から「悪魔のささやき」と恐れられた。
うまくいかない理由はわからない。ただ、いつもどこかで何かに邪魔されてる気がするのだ。
◇
そんなある日の午後。
ミラが、村の掲示板で届いた一枚の手紙を手に帰ってきた。
「アリア。王都の《セリカ学苑》から推薦状が届いたわ」
「……え?」
「あなたの村での活動が評価されたのよ。魔法と学問、そして人格――どれも特待生にふさわしいって」
……なんで? 成功なんて一度もしてないのに?
でも、チャンスだ。王都に行けば、環境が変われば、きっと――。
私はふたりに言った。
「行きたい! 王都に行って、自分の力で証明したい!」
ロランとミラは顔を見合わせ、静かにうなずいた。
「なら、行ってこい。……気をつけてな」
「あなたの未来が、ちゃんとあなたのものになりますように」
ミラはそう言って、そっと手を握ってくれた。
その言葉の意味を、私はまだ知らなかった。
◇
その夜。
私は荷物をまとめながら、胸の内でつぶやいた。
「次こそは、うまくいくはず。……今度こそ、チートで幸せになってみせる!」
そしてその頃。
家の裏手にある作業小屋。ミラとロランが、壊れた“魔導レンジ”の欠片をそっと片付けながら、ひそひそと話していた。
「……あの魔導結晶、温度制限つけといたんだけどな」
「燃焼抑制の結界も張ったのに、よくあそこまで派手に壊れたわね。やっぱり、向いてないんじゃない? 発明は」
「まあ……それでも、本人がやりたいなら見守るしかないか」
そしてふたりは、遠く王都の方角を見つめた。
「行ってこい、アリア。お前の未来は――きっと輝いている」