その五「買いそびれ 売り文句 最強装備」
その五「買いそびれ 売り文句 最強装備」
人生で買いそびれたもの=努力する時間。
それはあまりに高すぎるから、買おうとも思わなかった。でも努力する時間は、自分の本当に好きなものを買うために必要なステップで、私はだから、自分の嫌いなものに囲まれて生きている。
ティッシュ配りは褒められる。出店の売り子も、甲子園でのビール売りも、そこそこ美人だから。
高校にいた頃からバイト三昧で、勉強なんかしたことなかった。
付き合った男の子に、勉強した方がいいとアドバイスをもらったけど、それは私のことが嫌いだから言っているのかと思った。
勉強できない私が嫌いなんだと。それは少しあるだろうけど、よく考えれば事実は違った。
私の話す言葉や話題に、彼は合わせることができるのに、私はその少し頭がいいくらいの普通の男の子の好きな話ができなかった。
好きになる男の子は「できる」感じの人が多かった。気持ちよく話してもらって、笑顔を振りまいて。
私は、自分にないものを求めていた。私の人生を男の子の人生にオンする。
私の人生はつまらない。でも、彼氏の人生が輝いていたら、私も輝いていることになる。
***
「本読むの嫌い?」
何人目かの彼氏が私に聞いた。
「読まないからわからない」
「でも働くのは好き」
「まあねー」
その男の子は、私を教化しようとしていたのかもしれない。私をあるがままに肯定することができなかったのかもしれない。私はそれを敏感に感じ取った。
私の売り文句は、頭が良くないことだから、本なんか読んだら長所が潰れてしまうと思った。
その人は言った。
「努力っていうのは資本主義みたいなもんなんだよ。積み重ねたものを資本にして利得を得て、それをまた資本に回すんだ」
「賃労働は無能?」
「生活の外に、溜池を作ることから始めるんだよ」
「今更努力なんてできないよ」
***
いろんな男の子が、私を通り過ぎていった。私は、三十になろうとしていた。
肌が乾燥する。夜は寂し。
長かった髪を切った。
彼氏は仕事で忙しい。
可愛いだけで、人生は乗りこなせない。
仕事場の後輩に二十歳くらいの女の子がいて、大学で哲学を勉強しているとかいう。侮って、いろんなことを聞いた。
「勉強って必要?」
「努力ってなんのためにするの?」
「やりたくないことをやるのってなんで?」
その子はポカンとして、しばらく考えた後、それに答えてくれた。今から思えば、その言葉は、私を傷つけないために選んでくれた、なめらかなものだった。
「人に依ると思います」
「面白いからするんです」
「もっとやりたくないことを回避するためです」
それは一つのゲームのスターターパッケージだった。
「あと、もう一つだけ言うなら、そういう問いは聞かない方がいいですよ。自分で考えて、自分で答えを出したもの以外、何の指針にもなりません。私の言葉は無です。人の着ている服を着ることはできません」
彼女の動きは機敏で、笑顔は溌剌としていて、理知的で、敵わないなと思った。
酒を呑むようになり、胃の辺りを渦巻く不快感は、日に日に増していった。
***
少し突き詰めて考えてみれば、彼氏が私といるのは、私が美人だからで、私は彼氏にとってはアイテムのようなものだ。
彼氏が私を選ぶのは、私がバカでお追従を言うだけだから。気分がいいのだ。
世の中の人たちが私を好んで使うのは、労働の意味を深く考えないからだ。
更地にテントを張って寝ているようなものだ。私は誰かに守ってもらおうとして、人と付き合ったり、仕事をしたりしている。
じゃあ、何をすればいいのか。何が最強装備なのか。
一周して、それは努力することなのか。
生きることは、努力することではないのか。
それは生きることに託けて、私がやったことのないものを矮小化して、無意味化して、逃避することだと、私ははっきりわかっていた。
生きることの外に、溜池を作る。
***
「案外楽しいものだよ。溜池を作るのには、いくつかのステップがある。まず道具を揃える。時間をかけて掘る。そして、雨を待つ。溜池に水が張るのを待つ時間が、実に体にじんわりくる。それはセロトニン系の幸福感で、瞬間的なドパミンの放出とは違う」
「私には溜池を作る土地もないよ」
「心に溜めるんだよ」