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その二「生き残り 心残り 饒舌」

その二「生き残り 心残り 饒舌」


「友達が用意してくれた三題噺のお題で、短編集を作るプロジェクト。やつは、三題噺のお題を出すことにかけては、最強だから」


 最後の一人になってしまった。


 姫様は、もう逃げられただろうか。


 近衛隊長の私は、焼ける城の中で、敵に囲まれて。


 もう、私しかいない。我が国の終わりであり、私の人生の終わりだ。


 蛮族は、長きにわたる攻城戦で私たちを滅ぼし、飢えと渇きに喘ぐ仲間は、姫様を守ることだけ考えてやってきた。


 姫様は無事だろうか。


 蛮族の将軍が、前に出て私に聞いた。


「お前が最後か?」


「ああ、私の城の最後の人間だ」


 私は蛮族の国の言葉で返した。


 蛮族の将軍は兜を取ると、その貴族的なまでの美しい顔を見せた。


「名前は?」


「カルフィーユ」


「女みたいな名前だな。私はカガリ。何か言い残すことはないか?」


 私は、姫様への恋情を詩にして述べたかった。でも、おそらくこの将軍は、私たちの国の言葉を知っている。姫様の安全を、私の口で脅かすわけにはいかない。


「カルフィーユ。どうだ、私たちの国に帰順するというのは」


「死んでも嫌だね」


「たまらんね。君は我々の言葉をよく理解している。血は外から入れるに限る。もう一度言う。君を奴隷にするわけじゃない。忠義に厚い者を、翻させるのが愉悦の極みというわけでもない。世界から君の国の人間が、いなくなるのが惜しいだけだ」


***


 私はそうやって生き残った。


 私が伝えた歩兵の技術は、騎馬戦主体の蛮族の兵法に、ちょっとした変化をもたらした。


 蛮族の娘と結婚して、子供を二人もうけた。私は、三十歳になろうとしていた。


 騎馬に乗り、多くの戦線で一番槍を務めたのは死地を求めてのこと。危うい戦いも幾度となくあった。


 心にはいつも姫様がいた。どこかで生きているだろうか。きっと美しく長じているだろう。


 娘は、私の血が濃くて、肌の色が明るく、髪もうねる金髪で、多くの目を惹きつけた。控えめに言っても美しかった。


 息子は、立派な騎士になるだろう。小さいながら馬に乗るいでたちは、風格があった。


 蛮族への忠義は、私の名声へと変わり、私は異民族の誇り高き戦士になった。


 大陸の西にある城をいくつもいくつも攻め落とした。


 陥落した自分の城のことをよく覚えていたから、肝となる攻撃場所はよくわかっていた。カガリの案を基本にして、効果的な策を上奏した。


 攻めれば攻めるほど、蛮族の士気は上がり、雪だるま式に増える戦利品は、兵士たちの野蛮性をこれでもかというくらい引き出した。


 私は、姫様を探していた。


***


 度重なる遠征では、仲間も死んでいく。


 仲の良かった弓使いや、心強い長槍士も、最期には、笑顔を見せた。私という異民族が受け入れられたのだと思う、何かの証拠のように、私には感じられた。


 戦いの絆は、何にも代え難い。


 あの城の中で、上辺だけの社交を共にして、皮相的な人間関係に終始していたのが、今や命を賭して、仲間を守る生活をしている。


 カガリの子に、私の娘は娶られ、私は蛮族の家族になった。


 私はいつのまにか全線を退き、蛮族の長老として、円卓を囲む一人となった。


 私はその円卓を囲む長老の信任を得て、作戦を立案し、多くの城を落とした。


 戦線は広がる。誰もそれを収拾しようとはしなかった。


 私は四十歳になっていた。


 死に場所を求めていたのに、どこにも私の死に場所はなかった。


 カガリが死んだ時、カガリの子が次の将軍になり、私はその副官として、彼を支えた。娘の夫なのだ。カガリほど優れているとはお世辞にも言えない。でも、将軍としての責務は立派に果たしていた。


 私の息子とも仲がよく、頻繁に酒を酌み交わし、冗談を言って楽しんでいた。


 私は、カガリの遺した世界を守りたかった。


***


 戦線は維持する方が、拡大するより難しい。


 戦いに負けるようになり、やがて後退するようになった。


 私は、そういう戦いが得意なのだ。


 撤退にあたっては損害を少なく、兵站基地を守り、多くの仲間を救った。


 撤退には、コツがある。拡大のためのメソッドとは異なる、気分的なコツが。


 撤退とは拡大であるという解釈を私は持っていた。風船は普通外側に膨らむ。それを内側に膨らませるようなものだ。


 騎馬を降り、もう前線には立たなくなった齢ではあるけれど、頭脳で多くの基地を守った。


 カガリの子は、焦っていたし、私はその焦燥は至極当然のことだと思っていた。


 父と比べられるのは恐怖だろうし、全く、彼の責任ではないことも、円卓では槍玉に挙げられていた。


 私の娘はそんな中で彼の子を産んだ。彼女も私の遺伝的性質を受け継いで、金髪だった。


 円卓で、私を政治的に排斥しようとする運動が起こった時、カガリの子は私を守ろうとした。


 成り行きというのはことごとく裏目に出るものだ。カガリの子は若さゆえに身につかない政治的な言説の渦中で翻弄されて、権力を徐々に削がれていった。


 私が何かをできる立場にあれば、すべての手を尽くしたはずだ。でも最後に、カガリの子は、疑心暗鬼になって、私に刃を向けた。


 私は、カガリの子を殺した。私に殺されるくらいの存在なのだから、どのみち未来はなかった。


 殺した後、私は娘と息子を置いて、馬を駆り、西へと旅を始めた。


 路銀には不自由しなかったし、道はよくわかっていた。この遊牧騎馬帝国の道は、私が一番よくわかっていた。


 私が跨った馬は、カガリの子の死を三日後ろにおいて駆けた。それは帝国が将軍を失った混乱を、三日後ろに置き去ったことと同義だった。


 娘や息子のことは、心残りでもなんでもなかった。冷血だと思うかもしれないが、今となってみれば、家族など、どうでも良かったのかもしれない。


 帝国の外に出ると、私は馬を手放し、馬車に乗った。


 私の帰る場所はもうわかっていた。


 草原の道に花が咲き、長閑な田園が私を迎えた。


 帝国が敗れて失った城。そこに私の国があった。


***


 私の帝国での仕事は、版図管理だった。


 私は誰に、どこを獲られたのか、よくわかっていた。


 敵の文章に私が知る言葉が書かれていたから。


 長ったらしい姓に、見覚えがあった。


 馬車が城壁に近づく。


「こんにちは。行商ですか?」

「いや、帰省のようなものだ」

「失礼ですがお名前は?」


 少し深刻な顔をしていた若い門兵に、私は帽子を取った。


「カルフィーユという」

「カルフィーユ、近衛隊長……」

「君の歳でどうして私を知っている?」

「王妃が、常々言っておられました。私の命は、カルフィーユ近衛隊長に救われたと。まさか、亡霊ではありませんよね」


 門兵と二人して笑った。


 王妃までその知らせが届くのに、五分もかからなかった。


「おかえり、カルフィーユ」

「ただいま帰りました、姫様」

「もう、姫なんてやわなもんじゃないわ」

「あなたのことを、忘れられなかった」

「焼けたのね。別人みたい」

「歳を取ったのですよ」


 ラッパの音がした。


 私は姫様を守った英雄だった。このちっぽけな領土のために、よく命を張れたものだ。


 もしかしたら、私があそこでカガリに見出されたのは、迎え火のようにその進軍を一時的に止めた、姫様への、最大の功労だったかもしれない。


 自分の人生に意味があると思うと、饒舌になってしまう。


 酒の席で酔っ払い、にこにこと姫様に話しかけている。姫様の和子様を抱き上げて、自分の子より可愛らしく、愛おしく思う。


 全てが、夢の泡沫のように、空気に触れては弾けて消えていく。


「近衛隊長がお休みになられる」


 私は肩を担がれてあてがわれた部屋に置かれ、眠った。


「私は、何を成したのだろう。姫様が生きていただけで、満足するべきなのだろうか」


 夢の中で疑問がもたげる。


 カガリのそばで、帝国の版図を広げていた時は、二つとない高揚感の中にいて、子供ももうけて、それはあっさりと捨て去って。


 それでよかったのだろうか。


 最初の私を正当化するために、続く私を否定する。原初こそ至高と思うのは、理性的な判断なのだろうか。


 まあ、いい。こんなことも、最後まで来たからこそできる土くさい懐古に過ぎない。


 体が場所を覚えている城の廁で、用を足していた。ホウホウとフクロウがなく森のさざめきに思いを巡らす。酔いが覚めてきた。


 あの蛮族の赤銅の肌。躍動する馬の体。それらが懐かしかった。


 この国の弱々しくて柔らかくて女々しい人々の体に、なんの価値があったのか。


 ルーツを問えば、私はこの国を選ぶだろう。でもそこになんの必然があったのか。


 体を掻きむしりたくなる不全感に苛まれた。


 惰弱で無力だったのは私の方だ。私を貫く価値観が、こんなにも脆いとは知らなかった。


 そして、身分からいえば、姫様を娶ることなど、私の立場ではあり得ないのだから。

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