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TSした親友がヤンデレ化しました  作者: 如月
第一章 TSした親友が大変です
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009 病院にて

「逢沢智之さん。逢沢智之さーん。」

「ほら、行くぞ。」

「うん。ニヘヘ。」


 市内にある病院でも最大級の病院に二人は訪れていた。やはりと言うべきか朝早い時間なことだけあって、人はまばらで診察を待つ席もぽつりぽつりと空きが散見される。院内を明るく照らす白い光と、窓の外から見える緑緑とした中庭の景色は見ていても飽きないものだった。

 二人並び景色を見てたが智之を呼ぶナースの声が辺りに響いた。きょろきょろと周りを見渡すように智之を探すナースは黒髪を後ろに一房に束ねており、吊り上がった瞳は顔立ちと相まって利発そうな印象を抱かせる。


「逢沢智之さんですか。……あなたは?」

「はい。私の付き添いです。」

「うん。ニヘヘ。」


 本来であれは蓮の名前で呼ばれるはずのところで、智之の名前が呼ばれたのは二人の配慮に他ならない。健康保険証には当然性別の記載があり、もし蓮のもので通そうとすると面倒になるのは必至であった。そこで二人は智之の名前で受診しようと考えたわけである。


「そうですか。では、こちらの部屋でどうぞ。」

「ありがとうございます。」




 診察室に入るとそこには白い診察衣を纏った初老の男が座っていた。しわをくちゃりと作り笑みを浮かべている男は穏やかな印象と共に人に安心感を覚えさせるであろう。しかし、瞳の奥には強い意志の光があり、経験から基づく自身が確かにあった。

 その男の後ろにはのほほんとした雰囲気の優し気なナースが立っていた。智之や蓮と眼が合うとその手をひらひらを振り、にこりとした笑みを零した。おおらかそうな見た目と雰囲気は対面する人を安心させて、緊張を解いてくれるだろう。


「こんにちは。えー、今日はどういったご理由で?」

「その前に申し訳ございませんが、見てもらいたいのが私の方でなく、こちらの篠原蓮の方なのです。」

「篠原蓮です。」

「はい?」


 智之の突然の申し出に机の上から拾い上げようとしたカルテは手と共に中途半端に止まり、初老の男の動揺を如実に示していた。初老の後ろに控えていたナースもぽかんと口を開き、素直にその内心を漏らしていた。

 その反応に智之は申し訳なく思ったが、事が事であったため仕方ないと心の中に思うに留めた。


「おかしなことを言っているのは重々承知の上なのですが、何分見てほしいのが、あー、おかしなことでして。」

「……そういうことは困るのですがね。今回に限っては仕方ありません。ですが、今後このようなことがないように頼みますよ。」

「大変申し訳ございません。以後はないように気を付けます。」

「それで?」

「TSというものをご存じですか?」

「は?」


 またも動きを止める初老の男とナースに内心、蓮はふふっと笑いそうになっていた。初老の男は疲れたかのように、目と目の間を手でぎゅっと絞り、目を瞑り天を軽く仰いだ。理外のことを話されたのだから、そういう反応にもなるだろう。


「えーと、トランスセクシャル。性転換のことです。」

「は、は~。やはりあなたを見た方がよいのでは?」

「ははは。そういう反応も分かりますが、事実起こったことなのです。まず、こちらをご覧ください。」


 初老の男は随分な言い方であったが智之は乾いた笑みを浮かべるだけであった。そして、初老の男に対して蓮の免許証と健康保険証を手渡す。元が男であるのを示すためであった。その二つを受け取った初老の男は難しそうな表情を浮かべた。


「ふむ。免許証ですか。これは?」

「こちらの篠原蓮のものです。」

「……盗んだわけでなく、ですか。」

「ええ。見てもらえば分かる通り、男なのです。」

「ふむ。そちらの言葉を信じれば、なるほど性転換ですか。」


 盗んだ。それが一番可能性が高いのは間違いなかった。しかし、盗んだ本人が態々提示するとは考えずらく、考えるにそこに確かな何かしらの事情というものが垣間見えた。それが性転換という突拍子のないものであるのは初老の男としては信じられない様子であった。


「ええ。私どもも困っておりまして、蓮が怪しげな男から渡された薬を飲むとこうなっていたのです。」

「色々と言いたいことはありますが、怪し気な薬を飲むのはおやめください。身体に合う、合わないなどもありますし。」

「ええ、ええ。分かっております。申し訳ございません。それで、どうしたらよいかと。」

「……あう。申し訳ございません。」


 ぎょっとした様子で初老の男は注意喚起を促す。怪しい男から渡された薬を飲むなど正気の沙汰でないのは、そうだろう。ここでアルコールを摂取していたのを智之が話していたら、さらなる注意喚起が行われるであろうことは自明の理であった。

 酒を飲んだ状態で怪しげな薬を飲むなどそれこそ、正気の沙汰ではないのだ。最悪を言えば命を失うなどという可能性も否定できない。酒と薬は同時に摂取しないようにするのは当たり前のことである。


「漠然としておりますね。まず、私は同一人物であると信じられはしません。同一人物であるという証拠がなければ、話を進めることはできません。」

「そんな、どうすれば。」

「……っ。うー。」

「一つの案ですが、血液検査をしてみてください。DNAが一致すれば信じざるを得ないでしょう。」

「はい。確かに。」


 智之はDNA検査という言葉に目から鱗が落ちるかのような気分であった。自分の中に一切ない選択肢であったからだ。ただ、病院に行けばおかしなところが見つかるだろう。くらいの認識であった。

 智之は身元を確実に証明する手段がなく、かつ異常事態であるからこそ医者も便宜を図ってくれるだろうと軽く考えていた。


「それと、今回に限りですよ。うちで色々と検査をいたしましょう。身体に異常があっても困りますから。」

「あ、ありがとうございます。」

「再度言いますが、今回限りですよ。それとDNAが一致したのなら、もしくは何かしらの証拠が示せるのなら、またあなたの名前で診察に来てください。」

「本当ですか?ありがとうございます。」


 本来は禁止されるべき行為を黙認する形で初老の男は言う。それに驚きを表情に浮かび上がらせながらも、頭を下げる智之も初老の男は満足気に頷く。


「いえいえ。名刺渡しておきます。月から金までの10時から16時までであれば、出られると思います。」

「分かりました。ほら。」

「ん。ありがとうございます。」

「では、蓮さんの精密検査をしていきますね。あなたはどうなさいます?」


 名刺には郷田(ごうだ)義隆(よしたか)の名が示されており、携帯番号と共に病院の所属等が記されていた。二枚あるそれを智之は受け取り、蓮に一枚手渡した。それを受け取るのを確認すると席から軽く腰を浮かびあがらせながら言った。


「会社に出社しようかと。」

「ぇ。うー。」

「ほら、会社にも話を多少なりと通さないと。では、あとはよろしくお願いいたします。」

「……うー、分かった。」

「はい。お疲れ様です。」


 うーと唸る蓮を尻目に席を立った智之は何事かを考え、ふと自身のカバンから自宅の合鍵を取り出し、蓮に手渡した。それをぱちくりと眼を瞬かせて、少々ばかり頬を染めて受け取った蓮に爽やかな笑みを浮かべて、頭に手を乗せた。


「家で待っててくれ。」

「ぅん。」


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