005 各々の家にて
蓮は己の部屋で買ってきた服を床に並べおいて眺めていた。口元が緩むのを構わず、にへらと笑みを浮かべてニヤニヤしている。どこか薄暗い部屋で服を眺めている様は他から見たらどのように映るのだろう。いい印象は得られないのは確かだろう。
そんな見え方なんてものを気にする余裕、する気がないのか薄暗い部屋をそのままにライトもつけずに服を眺めるだけである。その服を見て何を思い出しているのか。それは蓮にしかわからぬことであろう。
「ニヘヘ。おかしい、よね。でも、仕方ない、よね。うん。こんななんだもん。ニヘヘ。仕方ない。仕方ない。でも、どうしよう。やっぱり不安。僕はこれからどうすればいいんだろう。うー、智之ぃ。助けてよぉ。僕、分からないよ。」
にへらと笑っていたかと思うと次の瞬間には泣きそうになっていた。蓮の言葉の通り不安によるものだろう。または寂寥感によるものか。その感覚を誤魔化すためか枕に顔をうずめて、足をパタつかせる。若干の埃が舞うが蓮は気にした様子もなく、うー、うー唸っている。
それも次の瞬間にはぱたりと止み、ぽーとどこかを見つめるように視線を宙にやった。そこから蓮の表情は笑みから、不安、寂寥感ところころと変わり、落ち着かなかった。それを何周もし満足したのか、無表情で枕を抱え女の子座りをする。
「はぁ、んっ、もっと近くにいないと僕どうしたらいいか分からないよ。だから、仕方ないよね。うん。きっと、智之も分かってくれる。明日は絶対に泊めてもらおう。それがいい。智之のベット大きかったもんね。ニヘヘ。一緒に寝れる。うん。それがいい。」
どう考えてもよくはないのだが、蓮にとってはそれはいいことなのだ。いいことというよりはそうでなくてはならないこと。なのかもしれないが。どちらにせよ、蓮にとってはそれは道理のようなもので、智之にとっては災難としか言えない。
蓮は枕を抱えたままベットに身体を倒した。そして機嫌よさそうに口元を緩ませ、枕を上へと放り、胸のあたりでキャッチする。それを幾度も繰り返し、またにへらと笑みを浮かべるのだった。
「会社も、もう無理だし。うー、智之と過ごす時間が減っちゃう。ニヘヘ。変なの。智之はただの親友なのに。これじゃあ、僕が好きみたいじゃないか。ニヘヘ。智之が悪いもんね。僕を助けてくれるって、だから責任取ってくれなくちゃ。ニヘヘ。責任。責任。」
一方。智之の部屋では深刻そうな表情でベットに腰かけた智之の姿があった。頭を手で抱えて、薄暗い部屋でぶつぶつと独り言を呟く。普段の冷静さなど欠片もなく、落ち着きもなく足を貧乏ゆすりしていた。
「ふぅ。どうにかしないとな。今日で確信できた。蓮はおかしくなっている。そうじゃなければ今日の態度は何なんだよ。はぁ~。」
ふと、動きを止めた智之は虚ろに宙を見る。ぼーと宙を見るさまは心配になるが、智成は自分にとって処理が難しい出来事が起こると、しばしこのように宙を見ることがあった。そして数刻経つといつもの冷静さを取り戻し、物事の思考を再開するのだ。
「ま、なるようになるしかないか。とりあえず距離をほどほどに取りながら、医者に診てもらおう。会社は……諦めてもらうしかないか。一応、休業も、失業保険も降りるだろうから時間稼ぎくらいならどうとでもなるだろう。」
一通り自分なりの決断を下した智之はぽふんと身体をベットに預けると、ふと甘ったるい花のような香りが鼻先をかすめる。その後に女の独特の匂いに思わず、鼻がひくつき身体を慌てて起き上がらせる。
身体を起き上がらせた智之はまた、頭を手で抱えて、普段の冷静さなど欠片もなく、落ち着きもなく足を貧乏ゆすりをする羽目となった。どくどくとうるさくなる心臓の音をかき消すかのように智之は大きな舌打ちをした。
「ちっ。本当にどうしたものか。くっ、はぁ。これじゃあ、眠れねぇ。ふぅ、自分が嫌になるな。誰彼構わずってか。はっ。」