004 お出かけ
「熱いな。」
「ん、だね。昔に比べても熱くなったて言うよね。」
「だな。とりあえず、最初は服買いに行くか。」
「ニヘヘ。似合うの選んでね。」
口元を緩ませ笑みを浮かべる蓮はそのあどけなさが残るものの整った顔と相まって、美少女にしか思えない。実際に現在は美少女であるのだから間違えではないが、しかし元は男である。
その美少女たる蓮の格好だが、当然二人は女ものの服など持っていないため、蓮自身のスーツを着用している。スーツと言ってもYシャツ姿を腕まくりして半そでという姿だ。それでも、もう7月の中旬で最高気温は30度を超える現在を過ごすには適していないだろう。
「ああ。よく分からないから、期待はしないでくれよ。」
「ニヘヘ。初めてのプレゼント、期待してるよ。」
「あ、ああ。……期待しないでくれよ。」
付近の駅近くにある大きなショッピングモールに二人は来ていた。時計の針は10時を超えて少し経っていた。辺りは土曜日ということもあり、騒々しく大きな賑わいを見せていた。夏特有の活気と人との熱気が合わさり、高揚感が身を包むだろう。
そんな中で二人が向かった場所は婦人服エリアである。ここも雑多な客でにぎわっており、少々智之としては入りずらい空間であったが、他ならぬ蓮のためだ。その内心を外に出すこともなく、綽綽と蓮を誘導していく。
「どう?」
「似合ってる。」
蓮を包む服装は当然、智之が選んだもの。蓮が着ているのはグレーのポロシャツに黒のワイドパンツ。シャツの裾はパンツの中に入っており、腰上を黒のベルトで固定されている。その装いを見て、うんうん頷いている智之は何を思っているのだろうか。
「これは?」
「似合ってる。」
上腕の半分ほどまで袖がある白のTシャツの裾をデニムパンツの中にいれ、腰上の部分でベルトをしている。従来の腰の細さにより体のメリハリがつき、より魅力を引き立たせている。着ているデニムパンツは元々すらりと長い脚を引き立たせて、スタイルの良さを際立たせていた。
今までの二着ともパンツなのは智之による気遣いであろう。スカートなどおそらく今まではいたことがない人間に急に履かせるのは、智之によってはないことであった。
「む。こっちは?」
「似合ってる。」
夏と言えば定番のシンプルな白のワンピースである。丈が長いワンピースは脚全体を覆っていた。あまり慣れていない感触なのか蓮はそわそわと身体を揺らしており、腕を宙にふらふら、あわあわと動かしていた。その様子を智之は微笑ましそうに見ている。
似合っていると同じ感想しか言わない智之に徐々に不満そうな様子を見せる蓮であるが、それを智之は努めて無視する。そこに突っ込んでもいいことがないのは周知の事実である。智之が選んだ服装であるし、相手は元とはいえ男で親友だ。どうにも違和感がぬぐえないのは仕方ないことだろう。
「ねぇ、同じことしか言ってないよ。」
「全部似合っているからな。」
「ふーん。いいけどネ。」
蓮にじとーとした目で見られた智成はその漆黒を思わせる深い黒色の眼をわずかに揺らし、しかしどうするということもなく蓮の眼を見つめ返した。その智成に対して何かを諦めたのか語尾を少しばかり跳ねさせて、くるりと智成に背を向ける。
「僕も選んでみようかな。」
「おっ、いいんじゃないか。」
「んふふ。魅せてあげるね。絶対。」
「あ、ああ。」
蓮自身が選んだ格好は肩が完全に出て、胸元を覗くとちらりとその奥が見えそうで見えない危うげなもので、少し背伸びをすれば蓮のへそが見えるのではないかと思われるものだった。
また、スラリと色白でシミ一つない長い脚を存分に晒しており、スカートの端からふと見える肉付きのよい太ももが眩しく光っていた。服の上から身体の輪郭が確かに伝わってきて、その抱き心地のよさそうな肢体は蓮の思惑通り、智之を動揺させた。
智之はその恰好を見て完全にビッチではないかと思うのを止められなかったが、それはそれとしてその肉付きの良い肢体は智之の心に来るものがあり、そわりと身体全身が収縮するのを感じた。
「どう?」
「えっ、と、いいんじゃないか。でも少し、あれだぞ。分かるだろ?」
「ん?」
「露出が多いというか、エロい。」
直接的な言葉を避けていた智之であったが、蓮が言わないと伝わらないとあざとく唇に細くきれいな人差し指と中指を当て、これもまたあざとく首を傾げてみせた。蓮の指先に誘導されるように、智之の目線がリップも塗っていないのに艶やかに光る唇に誘導される。
その蓮の唇から目線を蓮の目に移して、仕方がなく直接的な表現をする。智之の視線は蓮の唇にまたも誘導されてしまい、言葉を発しようと開いていく口に目線が固定される。蓮の口が開け閉めされ、歯やら舌やらがちろりと見えるのをじーと見つめてしまっていた。
「んふふ。好みじゃない?」
「そ、そうだな。あまり露出が多いものは……よくない。」
「ニヘヘ。へー、どうしてカナ?ねっ、どうして?」
「くっ、お前なぁ。昨日と今朝のこと忘れているのか?」
「ニヘヘ。覚えてるよ。で、どうなるのかな?教えてほしいナー。」
揶揄う様な、挑発するような言葉を受けて、智之も目が野性的にギラリと目が光るが、言っても無駄と思ったのか、目を反らして分かりやすく肩をすくめた。そして、相手の望むように言葉を発してやる。
「はぁ~。もういいよ。あまり露出が高いのは他の男に見せたくない。これでいいか。」
「んっ、ニヘヘヘヘ。」
「処置なしだな。」
「今度はこっちの服。どう?」
「似合ってる。」
「……。」
「お前は俺の彼女じゃないんだぞ。」
決定的な言葉を言われた蓮は何かに怯えるような、不安がるような縋る目を智之に対して向けた。怒らせたか、呆れられたか、失望されたか。言葉だけでは智之の心を伺えなかった蓮はともすれば、捨てられるとさえ思っていた。
縋るような目を見せられた智之は内心悪態を吐いていた。そんな目を、顔をさせたかったわけじゃない、と。その目で見られた智之はどうにも調子を崩され、望むような言葉を吐けばよかったかと思い悩み始める。
しかし、それは袋小路に入ったような答えの出ない思考であり、えへっと笑みを浮かべた蓮をみて問題が無さそうだと、判断を下した。蓮が何を思って笑ったのか、目を伏せて色が見えなかった智之には判断のつかないことであった。
「二へっ。流石にふざけ過ぎたね。」
「いいよ。ちゃんと分かっているから。さっ、次見せてくれ。」
「うん。ニヘヘ。」
「今日はありがと。」
「いいぞ。またいつでも付き合う。」
「ニヘヘ。ありがと。」
「それにしても買ったもの多いな。」
午後5時にもなり辺りは落ち着いた雰囲気に変化していた。二人は休憩のために寄った近くの喫茶店でコーヒーとケーキを食べ終え、いよいよ店を出るところであった。二人とも楽しい時間が終わることに若干ながら、寂しさを感じていたが表に出すことなく向かい合っている。
「うん。多すぎたかも。持って帰れるかな。」
「まぁ、うちに置いて行けばいいよ。明日またこればいい。」
「ニヘヘ。ありがと。」
「さっ、帰ろうぜ。ほら。」
「ん?」
智之の言葉と共に差し出された手にきょとんと首を傾げた蓮はその幼さの残る顔と相まって、子供や妹といったような印象を智之に抱かせた。その蓮に少々ばかり智之は頬を緩ませ、慈愛のこもった瞳で蓮を見つめた。
「荷物。持つよ。」
「ニヘヘ。ありがと。」
「どういたしまして。」