022 再・病院にて
「逢沢智之さん。逢沢智之さーん。」
「ほら、行くぞ。」
「うん。ニヘヘ。」
以前にも来た病院に二人は訪れていた。二人が来て早々にナースの声が辺りに響いた。きょろきょろと周りを見渡すように智之を探すナースに二人は並ぶたって近づいていく。
「逢沢智之さんですか。……あなたは?」
「はい。私の付き添いです。」
「うん。ニヘヘ。」
ここに来る前日に二人は以前診てもらった郷田義隆という初老の医者に一本連絡を入れていた。ある程度の事情を説明すると逢沢智之の名前で受診をするように伝えられ、二人はこのように病院で連れ立ってきたのだ。
「そうですか。では、こちらの部屋でどうぞ。」
「ありがとうございます。」
「お久しぶりです。」
「ようこそ、相澤智之さんと篠原蓮さんでしたね。」
診察室に入るとそこには白い診察衣を纏った初老の男が座っていた。前回と変わらず、郷田は穏やかなそうな笑顔を浮かべていた。
その男の後ろにはのほほんとした雰囲気の優し気なナースが立っていた。智之や蓮と眼が合うとその手をひらひらを振り、にこりとした笑みを零した。おおらかそうな見た目と雰囲気は対面する人を安心させて、緊張を解いてくれるだろう。
「それで、ここに来たということは進展があったということかな?」
「ええ、DNA鑑定の結果がついに届きまして。」
「ほう。それで?」
「こちらが検査結果です。同一人物だと認定されました。」
智之が手渡した書類には二人の人物が同一人物であるのを証明するように、色々なデータと共に一致率99.9%という数値が書かれている。それは紛れもなく蓮がTSしたと証明しているもので、郷田は目を見開きながら数値に目を通していた。
「……驚きました。本当にこのようなことがあるとは。」
「ははは、私も未だに夢かと思うくらいです。」
「そうでしょうね。……この目で見てもまだ信じがたいものですから。」
「ははは……。」
「ニヘヘ。」
夢ならばどれほど良かっただろうか。郷田はあまりに不可解な現象に元からある額のしわをさらに寄せて、苦難の表情をその顔に浮かばせた。手は目と目の間をもみ込むように押さえつけられており、しかしデータを目で追い続けている。
「……。それでですね。蓮はもとに戻るのでしょうか?」
「分からない、というのが正直なところでしょうか。」
「……はは。そうですよね。」
現代の医療では治療方法はないだろう。正しくは性転換手術などがあるため、その限りではない。しかし、蓮ほど自然な状態に、それこそ元から今の方が正常な状態であるかのように手術することは不可能だ。どうしてもどこかで異質さというのは出てしまう。
「……酷なことかもしれませんが、戻れないと思った方がよろしいかと。」
「なっ。そんなっ。」
「……。」
智之は戻れないという言葉に思わず立ち上がる。それほど大きくないはずの声は辺りを響かせて、その場にいる全員の目が智之の方へと集中する。しんと静まり返った部屋の様子に我に返ったように椅子に腰をおろすと両手で頭を抱えるようにして、床へと目をやった。
「……いえ、そうですよね。当然のこと、ですね。」
「……ええ。不徳の致すところです。」
「いえ、先生は悪くありません。」
郷田と智之の二人はその視線を合わせることなく他を向いていた。深刻そうな空気の中、蓮だけはのほほんと二人の様子を見ながらも、その瞳には不安も、悲しみも、怒りもどんな感情も写すことはなく、色のない瞳をしている。
「少しでも何か出来ることがあればよかったのですが……。」
「ははは。こうして話しているだけでも楽になります。なっ?」
「ニヘヘ。はい。」
「今後はどうしたらよいのでしょうか?」
「どうでしょうか……。経過観察ということになってしまいます、かね。」
郷田のそれは何もできないと断言する言葉であり、二人に、特に智之に対してどうしようもない現実であると突き付けているようであった。智之も元から理解はしていたが、いよいよどうしようもないと思い知らされ、がくりとうなだれる。
「分かりました。それでいいか?」
「ニヘヘ。うん。僕は大丈夫だよ。」
「では、そのように。」
「今日はありがとうございました。」
「いえいえ、お役に立てず申し訳ない。」
「そんな事ありません。また、定期的に異常がないかは調べてもらいに来ます。」
ぺこりぺこりと頭を下げる二人を尻目に蓮はさくさくと帰り支度をし終え、今か今かと帰宅の時を待っている。蓮本人が一番関係あるはずなのに本人がどこか興味なさげで二人だけが深刻そうにしていた。
「ええ、お待ちしております。」
「では。ありがとうございました。」




