020 デート6
二人の間には花火が打ちあがることへの期待感に熱を含んだ空気が包み込んでいる。それは花火会場にいる人々の熱と一体化して、会場自体が大きな熱を持つようにうねりが空気を震わせる。
興奮を抑えようと抑えられない身体は何処か落ち着きがないように震え、今か今かと開始を待ちわびる。そんな風に身体をお互いに震わせているのに気がつくと、目を見つめ合わせて、ふふっと微笑み合う。
「もうすぐだね。」
「ああ。楽しみだな。」
その時、ドンっと大きな音と共に夜空をパッと花咲くように閃光が瞬く。それは中心部が黄色で、外周部が赤色の線で出来た丸型の花だ。広がっていく線は徐々に勢いを失い、地面にこぼれ落ちていくように緩やかに楕円を描く。
流れ星が地上に降ってくるようで思わず、二人は表情に感動を浮かべる。花火会場の熱は異様なほど高まり、会場全体が息を飲むように一瞬の静寂が訪れ、わっと歓声がそこらから上がり始める。
「わっ。」
「おおっ。」
「きれい。」
夜空を青や緑、白など色とりどりの線が行き交う。線は丸形、星型、スマイル型など多種多様な形を作り、上下左右に大きく花開くように圧倒的な光景が夜空を彩った。その光景に会場の熱は高まり続ける。
二人が一つ一つの花火に感嘆の声を漏らすたびにまた一つ、また一つと空に花々が咲き誇る。一瞬の儚い命が心に永遠に残るように二人はぎゅっと自身の手を握りこんで食い入るように夜空を咲く花々を見つめている。
「わぁ……。」
「……。」
地面から吹き上がるように閃光が瞬き、水面に上下対象に閃光を写す。会場の熱はいよいよ最高潮に達しようとして、妙な静けさが会場全体を覆っていく。
いつの間にやら智之の視界には蓮の純粋な横顔だけを写していた。花火が光るたびにキラキラと笑みがこぼれて、美しい光景にほぅとため息を漏らす。かと思えば、熱に上気させた顔を満面の笑みが彩り、ころころと表情が変わるそれは花火を見るのと遜色ない。
「……ほぅ。」
「……。」
花々が咲く夜空を蓮はころころと表情を変え、智之はそんな蓮の表所を見つめる。いつもとは違い頭上にまとめられ、それが智之の目線を反らされることを防ぐ。閃光が瞬くたび上気した表情が照らされ、なんとも言えない感情が智之を襲う。
頬を熱に染めるそんな蓮の横顔を花火は照らし、一瞬だけ写すと智之の目に焼き付いて記憶されていく。そのたび感情が積み重なり、智之の心の中に燻る火種のよう燃え広がっていく。
「……?」
「……。」
ふと、蓮が夜空に咲く花から目を智之に向けると、ばちりと目が合う。いつもは冷淡で無関心にさえ見える智之の瞳はどこか熱を含んで、その視線に蓮はどくんと大きく心臓を鳴らした。
二人の周りから音がなくなる。お互いに目線を外さない。視線と視線が絡みつき二人の感情が溶け合うようで、会場の熱と別種の熱が二人を掴んで離さない。否、二人が掴んで離さない。
「……ニヘヘヘヘ。」
「……っ。」
お互いがお互いだけを視界に収める中、花火は最終段階に移行していく。ドンっドンっと連続して打ち上げられる花火の音はしかし、二人の耳には入らず全神経がお互いだけを感じ取っている。
これ以上なく幸せそうに口元を緩ませて蓮は智之の心の奥底を探るように見つめる。智之は息を飲み顔を背けようとするが、智之自身が蓮の瞳から逃れることを嫌うように増々熱のこもった視線で蓮の眼を見つめ返す。
「……。」
「……ぁ。」
蓮はそっと手を智之の手の上に置くとお互いの熱を余すことなく伝えていく。身体は会場に来た時とは比べられないほど火照り、今どう感じているかを伝えあってしまう。智之は絡めたくなる指を懸命に抑えて、でも振り払うことはない。
蓮の顔から汗で化粧が崩れ落ちかけているのを見て、か細い音が智之の喉から漏れ出る。どこか別世界にいるようなふわふわした思考で、今日化粧してたのか。そんなことを智之は思った。
普段触りもしない化粧をこの日のために用意して、そんな蓮の健気さにか智之の瞳はこれ以上なく燃えあがり、蓮に触れる手とは反対の手がそっと蓮の顔に近づいているのを、智之は現実感なく眺めている。
「……。」
「……。」
智之の手が顔に伸ばされるのを見るに蓮は目を瞑る。こころなしか普段より顔の角度をあげている。否応なしに智之の視線は吸い付くように艶のある唇に引き寄せられた。熱に浮かされた智之の頭は答えを導き出す。
しかし智之は何もしない。何もできない。その覚悟はなく、心の中にある衝動をそのまま行動に移すでもなく、どこか冷静な思考が智之を動かすのを躊躇わせる。伸び掛かっていた手は下げられ、蓮の手の上に置かれた。
「……いくじなし。」
「……。」
蓮は拗ねたように言葉を零す。そんな蓮の潤んだ視線から逃れるように智之は蓮の手からそっと自身の手を離すと、目線を夜空に向ける。返事はしない。出来ない。何も行動に移さないものに語る資格はないのである。
とうに終わっている花火は打ちあがることなく、夜空を月の明かりだけが照らしていた。
「……。」
「……帰るか。」
「……うん。帰ろうか」
二人は会話なく、旅館への道を歩んでいく。
行きに繋いでいた手は繋がれることなく、近づいていた肩と肩は終わった後の会場のように寒々と離れている。俯くように歩く蓮の姿を半歩後ろから眺めている智之は、蓮がどんな表情を浮かべているか伺えなかった。




