019 デート5
「智之、お待たせ。」
「ああ、入るぞ。」
「うん。」
緊張したような蓮の声に智之も釣られるように緊張で表情を硬くし、部屋のドアに手をかける。智之が躊躇いがちに扉を開け、目線をしたから上にあげるようにあげた。
そこには蝶柄の浴衣を着た蓮の姿があった。智之と同じような青の生地に紫と白であしらわれた蝶が散りばめられ、薄い紫の帯で着物が巻かれていた。着物から出るすらりとした手は身体の前で組まれていた。
「おおっ、蝶柄の浴衣か。」
「ニヘヘ。どう、かな?」
「綺麗だ。似合ってる。……髪、まとめたんだな。」
恥ずかしそうに眼を伏せて智之を伺う蓮は髪を頭の高い位置でお団子状にまとめており、普段下ろされている時とは違った印象を与える。似合っていると言われた蓮は横髪を白い手で耳にかけるように動かし、頬を染めながらも若干顔を伏せるように口元をほころばせた。
「ニヘヘヘヘ。たまにはどうかなと思って。」
「新鮮な感じだ。なんか、落ち着かない。」
「ん。……下ろした方が好き?」
「……。どっちもいいと思うぞ。」
蓮はくるりとその場を反転して後ろ髪を手で支えるように持ち上げる。普段隠されているうなじと赤らんだ首元が煽情的に智之の目に飛び込んでくる。不安げな声をあげる蓮に甲乙つけ難いとばかりに言った。
支える手をおろしながら蓮は智成の方へと振り返る。照れたように頬を染める蓮は下から覗き込むように上目遣いになりながら、智之の目を見つめる。にこりと笑った蓮はいつにも増して上品に見えて、智之をドギマギさせた。
「そう?」
「あ、ああ。それより、行くよな。」
「ニヘヘ。うん。」
「……。」
自然と蓮の手は智之の手と繋がり、智之を引っ張るように歩き出した。普段なら離すように言う智之は蓮の雰囲気にのまれてか、ぽーと蓮の横顔を見つめて手に引かれるようにして、歩き出した。
花火会場は旅館から歩いて30分ほどのところにある。勾配は急でないが坂道を歩く必要があり。重い腹を摩りながら二人はその道を歩いた。
花火会場につくと砂利道で舗装されて平らにならされた地面に数多の屋台が点在し、花火を見に来た観光客と共に会場を賑やかせていた。多種多様な食べ物の匂いが混沌と混じり合いながらも、騒々とする会場に二人はテンションをあげていく。
「体力あるなぁ。」
「ニヘヘ。言ってることおっさん臭いよ。」
「なっ、まだまだ若いぞ。」
食事後すぐに30分もの道を歩いてきたというのに蓮は呼吸を乱すことはなく、逆に智之は肩を上下させながら少し疲れた様子である。そんな智之は蓮の様子を横目に見て呟きながら、息を整えるように膝に手を置いている。
蓮はそんな智之の様子に口元をゆるませておっさんだなんだと言い出し、おっさんと言われた智之は心外そうに声を荒げる。
「えー、そうかなぁ。」
「そうだぞ。これでも27歳だからな。」
「27かぁ。もうすぐアラサー?」
蓮はこてんと首を傾げながら智之を見る。まだ肩を上下させる智之は説得力なくも、まだ若いと口にする。曇りなき瞳でアラサーかどうか疑問を呈する蓮に智之は口元をひくつかせながらも、答えを返す。
「もう、アラサーか?いや、やめよう。俺はおっさんじゃない。」
「ニヘヘ。おっさん臭い、ね。」
「やめい。あっ、金魚すくいあるぞ、ほらっ。」
おっさんであるなどと智之は認める気は無さそうで、露骨に話題を反らそうと金魚すくいの屋台に指さす。そして蓮の手を掴むとぐいっと誘導するように引っ張った。蓮はそんな智之に口元を緩ませて、誘導に従った。
「ニヘヘ。」
「ほーら、金魚すくいだぞぉ。」
「ニヘヘ。はいはい。やって行こうか。」
「やや、カップルかい?お安くするよ。」
「いや、そんなんじゃ。」
「うん。カップルではない、かな。」
手を繋いだままやってきた二人に店主はからかう様な笑みを浮かばせながら、このこの~と肘で智之を突く。そんな店主の様子に二人は一度顔を見合わせると、慌てる様子もなく手を離すと乱れなく否定の言葉を紡ぐ。
「そうかいそうかい。で、やってくかい?」
「ニヘヘ。一回お願い。」
「毎度っ、兄ちゃんはどうする?」
「兄ちゃんだってよ。」
「……。お世辞、ね。そう言うのもおっさん臭いって言うんだよ。」
お兄ちゃんと言われた智之はほら見たことか、とばかりに蓮にどや顔を披露した。蓮はそんな智之に呆れた表情を隠そうともせずに一蹴する。蓮の言葉にショックを受けたように智之は目を大きく見開き、パクパクと口を開け閉めした。
「なっ、くっ。一回やってくよ。」
「ほいっ、やり方は分かるだろ。」
「ああ。ありがと。」
「ニヘヘ。勝負っ。新幹線の借りはここで返す。」
「ふんっ、返り討ちにしてくれるわっ。」
結果。4-0。智之の勝ちであった。早々に蓮はポイを破ったが、ずるをしてもう一度ポイを貰った。それでも金魚をとることが出来ず、その間にも智之は2匹、3匹と金魚をすくっていた。
「ふはははは。これが俺の実力さ。」
「……むぅ。いいもん。」
圧倒的大勝利を飾った智之は腰に手を当てて高笑いを披露した。それをしらっとした表情で見る二つの目には気が付かない。機嫌が悪そうに頬を膨らませた蓮はぷいっとそっぽを向いていた。
「兄ちゃん……。」
「な、なんです?」
「はぁ~、……頑張りな。」
呆れた表情のまま店主は智之の肩に手を乗せた。それにびくりと身体を震わす智之は何が何だか分からなそうで、店主はため息を吐くしかなかった。そして、乗せていた手で二度、三度と肩を叩き、激励を飛ばした。
「は、はぁ。」
二人の勝負はまだまだ続く。次なる勝負は射的である。智之の手に持つ射的銃からはポンっと小気味良い音がなり、的に命中するとぽてりとお菓子の箱が倒れた。その後も小ぶりな熊のストラップを墜とし、二つの成果物を得た。
一方、蓮の射的銃から出る弾は的に当たることなく、あらぬ方向に跳んでいく。時に店主の方へ、時に天井へと縦横無尽に飛んでいく弾の軌道は、本来狙う場所に掠りもしない。もちろん成果物は0である。
「成果なしか?」
「む、むぅ。」
「はい。あげる。」
「あ、ありがと。……むぅ。」
蓮は手渡された熊のストラップに嬉しそうな、悔しそうな複雑な表情を浮かばせた。
お次の勝負は輪投げ。これもまた結果は想像の通りである。智之の手には先ほど良りも多くのお菓子の箱が握られており、蓮の手には心なしか寂しそうに熊のストラップがぽつりと一つだけ。
「これも、勝ちだな。」
「うー、……。」
「うー、容赦ないね。」
「勝負ごとに容赦してはそれこそ、だろ。」
「そうだけど。……むぅ。」
あの後もいくつもの勝負を繰り広げた二人だが、結局智之が全勝し蓮は一つの勝利ももぎ取ることが出来なかった。肩を落としとぼとぼと歩く蓮に言い訳がましく智之は言う。それを肯定しながらも、蓮は悔しそうに智之に不満顔を晒した。
「ははは、また来年に勝負、な。」
「うん。今度こそ負かすから。」




