018 デート4
「わっ、素敵。」
「おおぉ。」
二人を和式作りの部屋が出迎えた。畳の独特の匂いが鼻をくすぐり、ポタリポタリと落ちる水の音が耳を震わした。部屋の窓の外には石で形どられた露天風呂があり、露天風呂を囲むように竹が生えている。
二人は風流な景色に思わず息を飲み込み、感動をそのままに口に出した。そして、その光景に釣られるように部屋の中へ入っていき、目を見つめ合うと微笑み合う。
「ニヘヘ。いいところだね。」
「ああ、露天風呂付きだってな。」
「ニヘヘ。一緒に入る?」
「はぁ、馬鹿なこと言ってないで、夕食は5時30分からだったか。」
興奮冷めやらぬまま二人ははしゃぐように部屋を見渡す。蓮の口から一緒に入る?なんて軽口が漏れたのはそのせいであろう。そんな蓮にため息を吐きながらも、露天風呂に興味がひかれている智之は蓮に予定の確認をする。
「ニヘヘ。うんっ。花火大会は8時からだよ。」
「ははは、予定がびっちりだなぁ。」
「ニヘヘ。ごめんね。智之と全部行きたくて。」
「全然いいぞ。ま、今度来るときは余裕持って来ようか。」
「うんっ。また来てくれるんだね。」
智之の笑う声と共に発せられた言葉に蓮は申し訳なさそうにしながらも、ニヘヘと笑った。可愛らしい理由と共に可愛らしく笑みを浮かべれば男としては許さざる負えなく、そもそも責めているわけでもないのだから、ただただ蓮が可愛かっただけである。
智之の二人で行く前提の発言は蓮の機嫌をこの上なくよくさせる。申し訳なく思っていたことなどとうに忘れたように蓮は語尾を跳ねさせる。
「当然だろ。今の時点でも最高の旅行だし。夜にもっと楽しくなるだろ。」
「ニヘヘヘヘ。お風呂入る?」
「蓮が先に入ったらどうだ?荷物の整理を軽くするよ。」
「うん。じゃあ、お先ね。」
部屋に持ち運ばれた夕食に二人は目を輝かせた。口々にこれは何だろう、あれは何だろうかと言い、食事を口にするのを待ちきれないようだった。鍋の下にチェッカマンで火を点けると仲居さんは部屋の外へと出て行く。
それを見送った二人はさっそくとばかりに席につくと食事開始の挨拶を口にし、箸をとった。
「マグロ、鯛にエビか、これはなんだ?」
「んー?美味しい。」
「ははは、確かに美味しいな。」
まず手を付けたのは定番の刺身である。マグロや鯛、エビなど定番のものが揃う中、二人が目にしたことのない魚の刺身があった。その魚の刺身を口に運ぶと淡泊であっさりしていた。しかし、よくよく噛むと甘く濃い旨味がじわりと二人の口に広がった。
その次に箸を伸ばした先にあったのは天ぷらである。数種類の野菜の天ぷらとエビの天ぷら、キスの天ぷらが漆塗りの器に乗っている。二人が口の中に天ぷらを入れて噛むとかりっといい音が耳を響かせる。
「これは、おっ。」
「んんっ、美味しっ。」
いつの間にか固形燃料についていた火が小さくなっており、鍋からぐつぐつと煮えたぎる音がする。それと共に部屋中には鍋の食欲誘う香りが広がっていく。ゴクリと二人して唾を飲み込み、鍋が開くのを今か今かと待ち受ける。
そして仲居さんが蓋を開けるとおおっ、と感嘆の声をあげた。
「はふっ、はふっ。」
「ニヘヘ。美味しいね。」
「はふっ、ああ。」
熱々の鍋から食材を箸で突き口に運ぶ。智之は口に入れるには熱いままの食材を舌で転がしながらも、味わう。濃厚な出汁とスープが浸み込んだ野菜はそれだけで御馳走で、つくねを口に運んだ時には肉汁が口に広がり、幸福に二人は頬を緩ませた。
最後はデザート。みかんのシロップ漬けである。そこに二つのサクランボが添えられている。二人はそれを口に含むと、甘さに目をとろんとさせた。
「んん~。」
「甘くて、おいしいな。」
「ニヘヘ。美味しかった。」
「だな。また来たいなぁ。」
「ニヘヘ。気が早いよ。」
二人は満足気な様子で自分のお腹を撫でる。また来たいなんてことを言う智之に口元を緩めながら、蓮は楽しんでくれている様子に喜んだ。口元がだらしなく緩むのを抑えることなく、智之を見つめている。
「ははっ、そのくらいよかったってことだな。」
「そうだっ、これ。」
「これ、浴衣?」
「そう、智之の浴衣。買ったんだ。」
「えっ、ありがとう。でも、高かっただろう。」
蓮は自分の荷物から青色の浴衣を取り出したかと思うと、それを智之に手渡す。蓮の買ったという言葉に困惑気味に受け取る智之はお礼を言いながらも、やんわりとどういうことかと説明を求める。
「ニヘヘ。全然大丈夫だよ。着替えさせてあげる、ね。」
「あ、ああ。……ありがと。」
「ニヘヘヘヘ。」
何故かったのか聞きたかったであろう智之だが、蓮は大丈夫の一声で話を終わらせ、着付けを手伝うと言い出す。動揺が抜けきらないままの智之はなされるがままに身を任せ、蓮の指示通りに浴衣に着替えた。
身長が高く、がたいがいい智之は青い浴衣がよく似合っており、いつもの仏頂面も相まって、雰囲気が出ていた。蓮はそんな智之をうっとりとした表情で眺めながら、頬に手を当てて身体をくねくねさせていた。
「ニヘヘヘヘ。浴衣姿の智之もいいね。」
「は、はは。そうか?それならよかったけど。」
「今度は僕が着替えるから。」
「ん?ああ。」
多少なり引きつったような笑みを浮かべている智之はしかし、内心の想っていることまで口に出すようなことはなく、無難にその場をやり過ごすことにしたようだ。
その後蓮の着替えるという言葉にただああ、とだけ答え突っ立っている智之を蓮はじっと色のない目で見つめている。智之はそんな蓮の方をボケっとしながら見つめ返している。
「……。」
「……。」
「……そんなに、見たいの?」
「えっ?……あっ、ちがっ、……悪い。」
智之は問われた言葉にぱちくりと目を瞬かせると、意味を咀嚼していく。そして、その意図を理解すると顔を真っ赤にして、慌ててぶんぶんと頭を振って否定する。
蓮はそんな智之の様子に口元を緩ませて眺めていると、ますます仏頂面ながらもその顔を真っ赤に染めていく。
「ニヘヘ。見てもいいけどね。」
「い、いや、いいよ。楽しみにしとく。」
「ニヘヘ。」




