017 デート3
「お待たせ。」
智之が背後から聞こえてきた蓮の声に振り返ると、そこには水色のフリルがついた水着を着ている蓮の姿があった。肩を隠すように薄く透けるガウンを羽織っている。ガウンの裾からは眩しく、肉付きの良い太ももがちらりと覗いている。
ガウンを恥ずかしがるように抱く腕の上には胸が乗り形を崩しており、逆に目線を引きかねない光景であった。露出が少ないながらも蓮の魅力は存分に表現されるその水着に智之も目線を外すことなく、上から下へ、下から上にと何度も視線を行き来させている。
「……。」
「ニヘヘ。どうしたの?」
「いや、似合っているな、と。」
智之は蓮の水着姿に食いつくように黙ったまま見ていたが、覗き込むように蓮が頬を少し染めた顔を寄せて問いかけると、慌てて自身の赤くなっている顔を背けるとそっぽを向くようにぼそりと褒める言葉を発した。
「ニヘヘ。それだけ?」
「うっ、言葉も出ないぐらい可愛い。……で、いいか?」
「ニヘヘヘヘ。何で不安そうなの。」
智之は心なしか目線を上の方に逃がしながらも、蓮の期待に沿えるように不安げな声を出した。そんな智之は緩んだ口元をさらに緩ませて、だらしない笑みを零した。智之はそんな蓮の表情に見惚れるように目線を固定させた。
「い、や。普段とあんまりに違うから、こう慣れなくて。」
「変なの。それより、いこっ。」
「あ、ああ。……って、腕組むな。」
言い訳するように言葉を並べる智之に蓮は気にしてはいないようで、身体を抱くように組んでいた腕をするりと伸ばし、智之の腕に自然と絡ませた。それに自然と受け入れそうになった智之だが、腕に触れる柔らかい感触に慌てて身体を離そうとする。
しかし、蓮の腕は絡まるように智之の腕に組まれており、身体を離そうとした以上に身体が密着して、いつもよりもダイレクトに蓮の感触が智之の腕から伝っていく。不満そうにぎゅっと身体を蓮は密着させ、頬を膨らませる。
「むぅ、いいじゃん。ほらっ、早く。」
二人がやって来たのはこのプールが誇るスライダーの内、一番の高さと角度が一番急な一番人気のスライダーである。スライダーまでの道を行く今もスライダーからは絶え間なく人々の楽し気な悲鳴が響き、二人の心を期待させる。
二人はここまでの道を腕を組み歩いてきた。周りの視線が痛いくらいに突き刺さる感覚に智之は身を捩り、腕を振り払おうと抵抗しているが、それ以上に身体を密着される悪循環へと陥っていた。もはやわざとではないかと思うくらいである。
「ニヘヘ。楽しみ。」
「ははは、結構高いなぁ。」
「日本最大級のスライダーなんだって。」
「へぇ、凄いな。通りで悲鳴がここまで聞こえてくるわけだ。」
「ニヘヘ。怖くなった?」
蓮は揶揄うように目を細めて智之を見る。挑発的な視線を向けられた智之は眉を一つ跳ねさせた。そんな智之は何か悪いことを思いついたかのようにあくどく満面の笑みを浮かばせた。
「んな訳あるかっ。俄然楽しくなってきたところ。そっちこそ、途中で怖くなっても知らないぞ。」
「ふーん、いいもん。そうなったら智之に抱き着くから、ね。」
「やめろっ。抱き着くな。」
「ひどーい。」
智之は抱き着くからと言いながら身体をさらに密着させる蓮の身体をぐいっと押し返す。その手にさらに身体を押し付ける蓮はひどく楽し気に見える。そんな蓮の様子に困ったような雰囲気を出す智之だが、諦めたようにため息を吐いた。
傍目から見たらいちゃついている光景は周りにいる男たちの恨めし気な目と舌打ちを誘発した。しかし、そんな外野の男のことなど眼中にないように、蓮は智之にだけ目線を送り続けた。
「次の方、二名様でしょうか?」
「はいっ。」
「えっ、一緒なのか?」
「ニヘヘ。もちろん。」
「えー、一人で滑らないのか。」
何故かスライダーを一人で滑れると思っている智之だが、当然の如く蓮は一緒に滑る気である。そもそもここまで二人でやってきているのに、一人で滑れる道理があろうはずもない。
「むぅ。それじゃあ、抱き着けないもん。」
「だから抱き着くなって。」
「はいはい。ではご一緒ですね。こちらにお乗りください。」
もはや係員をだしにいちゃつく二人に係員はおざなりな言葉を吐きながらも、己の職務を全うする。ただしスマイルは有料になってしまったようだ。死んだ魚の目をしながらも、二人を誘導する係員であった。
「ニヘヘ。早くっ。」
「ああ、分かったよ。」
「では、どうぞ行ってらっしゃいませ。」
「きゃーーーーー。」
「わーーーーーー。」
係員が浮き輪を押すとぐんと加速して水の流れに沿って落下していく。想像よりもはやい速度が出ているのだろう、対面するように座る二人は叫び声をあげながら自然と手を挙げて、水の流れに身を任せる。
所々曲がりくねるたびに浮き輪もくるりと回転して、二人は楽し気に叫び声をあげる。上下に、曲がるようにスライダーは二人に楽しい悲鳴を上げさせて、ついに大きなプールに浮き輪がざぶんと着水した。
その後もいくつものスライダーに乗り回していた二人は、スライダーによって色を変える景色に心を躍らせながら、楽し気に悲鳴を上げることとなった。
そんな二人だが、今は流れるプールの上で別々の浮き輪に浮かびながらゆったりと身を任せていた。最初の方は一緒の浮き輪でと蓮は説得していたが、智之が頑固として譲らず、別々の浮き輪でということになった。
「ふぅ。」
「ニヘヘ。楽しかった。」
「な。こういうのもたまにはいいかもなぁ。」
「ニヘヘヘヘ。また来ようね。」
二人はプールでの一日を大満足したようで、次に来る約束さえした。スライダーに乗っている時とは真逆と言ってもいい穏やかな空気が二人の間を包み、お互いが微笑み合いながらたわいもない会話を交わしていく。
太陽が頂点を超え、最も熱くなる時間。二人は水着を着替えて朝来ていた格好に戻る。かんかんに照る太陽の光に目の上で傘を作るように手で影を作る。眩しさと暑さにくらくらとしながらも二人は並んで歩みだす。
「さて、そろそろ旅館に向かうか。」
「うん。そうだね。」
「ははは。ありがとな。」
「ん?突然どうしたの?」
電車へ向かう道を歩みながら突然智之が思わずといった様子で心から礼を零した。そんな智之に不思議そうに首を傾げながらぱちくりと目を瞬かせた。
「いや、楽しい日になったなと。」
「ニヘヘ。まだ楽しい日は続くよっ。これから祭り行くんだよっ。」
「ははは。そうだったな。祭り、楽しみだな。」
「ニヘヘヘヘ。」
この後の予定に想いを馳せて二人は笑い合った。空は二人を祝福するように朝と変わらず晴天で、太陽がよくよく二人を見守っていた。




