016 デート2
「おはよ。いい天気だなぁ。」
「ニヘヘ。おはよう。」
「大荷物だなぁ。」
「僕にはいっぱい荷物が必要なのっ。」
「事前に荷物送ってるだろ……。ま、ほら。」
二人のデートを祝うように空は青々と二人を出迎えた。雲一つない空は今日という日が絶好のお出かけ日和だと知らしめ、二人は機嫌よさげに挨拶を交わす。
大荷物とはいうものの蓮が持っている荷物は両手に収まるほどだった。事前にホテルに荷物を送っており、智之がほぼほぼ手ぶらであり、それに比べると確かに多い。しかし、旅行に行くにはそう多くない荷物だろう。
「ん、ありがと。ニヘヘ。」
「それで、今日はどういう予定で行くんだ?」
「この後新幹線に乗って、すぐプールだよっ。」
「ははは、プールがそんなに楽しみなのか?」
今日の蓮は普段に比べてテンションが高く、心なしか語尾が跳ねている。また、いつもの口元をだらしなく緩めるような笑みが快活としたような元気いっぱいの笑みになっている。智之としては心の奥から漏れ出したような口元を緩める笑みの方が安心感があるが、またこういう笑みも嫌いでない。
「うんっ、ニヘヘ。覚悟しておきなよ。全力で楽しむからっ。」
「ははは。それは、気合い入れないとな。」
「ニヘヘヘヘ。」
「ババ抜きをしようっ。」
「二人で?」
「そう、ふたりで。」
「何が面白いんだ、それ?」
新幹線の指定席に座り突然に蓮がトランプを取り出し、提案をする。智之の当然の疑問に蓮はその口元に携えた笑みを欠片も崩すことなく、堂々としている。有無を言わさぬその様子に智之は二人でとは言いながらも、その提案自体は受け入れるつもりであった。それはそれとして、二人でという疑問は尽きなかったようである。
「いいから、やろっ。」
「……ま、いいけど。」
「じー……。」
「……。」
「こっち……、こっち?」
「……。」
蓮は智之のあと二枚残る札に手を行ったり来たりさせるが、いつもの仏頂面を貼り付けた智之からは表情を伺い知れず、困ったように眉を下げた。智之はそんな蓮の様子にも全く顔色を変えることはなく、じっと自分の手に握る札を見ている。
「うー、……こっちっ。」
「ふっ。」
「うー。ばば。」
「ふふっ。」
そして、蓮はついに選んだ札を引っ張り上げるとその手にはJOKERの札が収まっていた。がーんという効果音が聴こえそうな風に肩を落とした蓮を見て、智之は思わず笑みがこぼれてしまう。そんな智之に恨めしそうな眼を向けながらも、蓮は二枚だけの札をシャッフルする。
「……こっちだろ。」
「うっ、ち、チガウヨ。」
「ははは、分かりやすっ。ほら……。」
「……。」
智之が手を札に添えるだけでパッと表情が切り替わっていく、JOKERを選べば花開くような笑み、違う札を選べば困ったような表情を。しばらく智之はころころ変わる表情を見て楽しんでいたが、ついに正解の札を引っ張る。
しかし、その札は引き抜かれることなく、力の込められた蓮の指に収まったままである。智之が上に引っ張ろうとすると蓮がそれ以上の力で引っ張り、しんとした膠着状態が続く。
「手、離せよ。」
「そっちこそ、手を離したら……?」
「いや、どう考えても正解じゃねぇーか。」
「ち、チガウシ。とりあえず、こっちを……あっ。」
手を離そうとしない蓮に智之は手を離すように促しながら札を引く。しかし、意固地になったように札は蓮の手からは離れずに、増々札は張り付くように動かない。
一瞬の隙を縫うように智之が札を引っ張り、柄を上面に向けるとそこには♡9の絵柄が見える。案の定と言うべきか正解の札である。智之は自身の手に持っている♡9の札と共にその札を場に捨てて、手の平からは札がなくなる。
「ほらっ。上がり。」
「うー、酷い。」
一回戦目から表情がまるっきり出てしっていた蓮は案の定と言うべきか、その後のババ抜きでも一度も智之に勝つことは出来なかった。当然智之の手に二枚の札、蓮の手に一枚の札なんて状況はあったが、そのことごとくで引きの悪さを見せていた。
ババ抜きに勝てぬと見るや神経衰弱や大富豪などと二人で、それも新幹線でやるゲームでないゲームを蓮は足掻きに足掻き、その結果全敗を喫した。前をかさむほど蓮の機嫌は悪くなっていたが、負けず嫌いを発揮してついに不機嫌が限界突破することになる。
「もう、知らないっ。」
「ふはははは。全・勝!!」
「……。」
「ふはは、はは……。」
智之は高笑いのような声を周りに迷惑にならない程度の大きさで口にした。多少蓮を煽ってやろうくらいの気持ちだった智之だが、思いのほか蓮の機嫌が悪いのを見るや演技で上がっていた口角はへなへなと下がっていき、ついに声を作ることもできなくなる。
智之が高笑いを止めても蓮は眼をやることなく、片肘を窓の枠において外を眺めてい。窓に映る蓮の頬はこれでもかと膨れており、思い通りにいかない状況に拗ねてしまっているようだ。智之はその様子に慌てて機嫌を取ろうとアワアワしている。
「……。」
「……悪かったって。」
「……知らない。」
「ほら、テンション上がっちゃってさ。」
「……ふんっ。」
謝る智之に蓮はぼそりと、不満を垂れるだけだった。その瞳はいまだに外に向いており、窓に映る頬はしっかりと膨らんでいた。言い訳を述べる智之をよそに蓮はわざわざ私、不機嫌です。とでも言うように大げさに鼻を鳴らして、そっぷを向いたまま智之の方へ顔を向けようとしない。
「ごめんって。何か埋め合わせするから。」
「……埋め合わせって?」
「あー、……。」
「……嘘つき?」
埋め合わせという言葉にやっと智之の方へ顔をやった蓮を見て、智之は心の中で安堵の息を吐く。しかし、表面上はいつもの仏頂面を幾ばくか申し訳なさそうにゆがめて、ご機嫌取りに執心する。
智之は嘘つき呼ばわりに不服そうに一瞬目を吊り上げるが、またいつもの仏頂面を見せると穏やかな声を作り、蓮へのご機嫌取りを再開する。
「するって。あー、そうだ。一つなんでもするよ。」
「なんでも?本当に何でも?」
「もちろん。叶えられる範囲でなんでも。」
「……分かった。許してあげる、ね。ニヘヘ。」
何でもと口にした智之に蓮はぱちぱちと目を瞬かせると、徐々にその意味を理解しだしたのか不機嫌そうにへの字になっていた口元が緩んでいき、ついには許すなんて言う言葉を口に出した。
その様子に不穏なものを感じ取った智之は引きつりそうになる口元を懸命に抑えながらも、心の奥底で後悔が渦巻く。しかし、吐いた言葉はもはや取り返せるものでなく、どうにか穏便なお願いにしてもらう他なかった。
「……。叶えられる範囲で、な。」
「もちろん。分かっているよ。叶えられる範囲で、でしょ。」
「……ああ。」
新幹線を降りバスを乗り継いで、一行はついにプールへと着いた。辺りは騒々としており、夏の活気にあふれている。まだ10時にもならない時間に子供連れの親や夏休み中の学生たち、男女二組と様々な面々が出そろい場を温めた。
「早く入ろっ。」
「ははは、よしっ。遊び尽くすかっ。」
「うんっ。ニヘヘヘヘ。」
「ははは。」
二人は活気あふれる場に背を押されるように心が高揚していき、笑みを浮かべていた。二人は他人の流れに沿うように並び歩き出した。蓮はちらりと横目で智之のことを見ていると、それに気が付いた智之は蓮の方へ目線をやった。
「着替えてくるから、期待してて、ね。」
「ああ、早く行ってきな。」
「うー、……。」
「ん?」
蓮は隣を歩く智之に少し顔を寄せ囁くような声で言うが、特に蓮が望む様な反応を返すことはなく、不満を抱く。そんな様子に首を傾げながら目線で問うてくる智之に蓮はじっと目線を合わせる。
「何でもない。」
「そうか?」




