015 デート1
「プールと夏祭りに行こっ。」
「はぁ、どうして?」
夏本番のこの頃、智之と蓮の二人はいつものように智之宅のソファーに並んで座り、テレビを見ながら談笑をしていた。クッションを抱えるように持つ蓮は肌が薄く透けるシースルーシャツを上から羽織っている。そんな蓮は場が一区切りついたとき、智之へ急に話を投げ掛ける。
拳一つ分ほど離れて座っていた智之は蓮の方に向き直るように顔を向け、智之のことを正面から見る蓮の瞳と自身の瞳を合わせた。蓮の透き通る空のような蒼い眼は楽し気で期待に満ち、キラキラと光っている。
「ん、夏だから?」
「ま、いいけど。いつ行くつもりなんだ?」
「来週の土曜と日曜。」
「それはまた、急だな。」
智之は蓮に振り回されるように出かけることが多いが、それでも大体は何でもそろうショッピングモール程度であった。しかし、今回は二日間出かけるつもりの様で、それは泊りがけの旅行になるのは想像に難くなかった。
さすがの智之も急な旅行の日程に苦渋を表情に出すが、頭の中ではすでに旅行を前提に思考をしている。智之自身も蓮と出かけることを憎からず思っており、また断るのは今までの経験上無理であるのを悟っていたからである。
「花火大会がちょうどあるみたい。」
「それでプールと夏祭りか。」
「ニヘヘ。いいでしょ、ね?」
「ああ、いいけど、二日間も出かけるのか?」
智之はたとえ憎からず思っており、また断るのは今までの経験上無理であろうとも足掻こうとする。なんとも弱弱しいというか、湾曲な足掻き方であるが智之にとっては立派な反抗である。蓮にとってはただの質問でしかないとしても、だ。
「たまには旅館に泊まるのもいいと思わない?」
「……。温泉とかいいかもなぁ。」
「ね、ね。それじゃあ、決定ね。」
「ああ。楽しみにしておくよ。」
もはや規定事項のようにお泊りまで計画されていたようだ。それも恐らく二人で同じ部屋なのだろうと、智之は察していたがそこを突っ込むことを避け、当日までに蓮の頭が落ち着きますようにと、天に祈るほかなかった。
こうして、智之は抵抗らしい抵抗をできず、なあなあに今週の土日を蓮と過ごすことが決定したのであった。
「それじゃあ、買い物に行こうかっ。」
「ん?買い物?」
「水着買わなくちゃっ。浴衣も。ね?」
「はいはい。行きますかぁ。」
「ニヘヘ。それじゃあ、しゅっぱーつ!」
ついでに今日の予定も決定されていたようで、もはや抵抗する気もなく智之は蓮に腕を引かれて、ショッピングモールへと連行されていった。
「ふと思うんだが、場違いじゃないか。」
「ニヘヘ。大丈夫。問題ないよ。」
「心なしか周りの目が冷たいような。」
智之と蓮の周りには色とりどりの布たちが二人を歓迎するように囲んでいる。いくつかの試着を済まして、あれでもない、これでもないと蓮は悩みながらまた試着室に入っていくを繰り返している。
もう一時間は経っていおり、智之はその間ずっと立ちっぱなしで時々いなくなる蓮に一人居心地の悪さにそわそわしながら待っているが、まだまだ終わる兆しは見えていない。流石に心に耐えられぬものがあったのか、蓮に苦言を呈する。
当然蓮ににべもない様子で流されている。智之は子犬を思わす瞳で蓮に訴えかけるが、それもことごとくスルーされた。智之は落ち込むように肩を落とした。
「気のせい気のせい。それより、これどう思う?」
「似合ってると思うぞ。」
「ずっとそればっかり。前もそうだったよね。」
蓮は自身の服の上に置くように白のビキニを当てて、智之に感想を求めた。件のようにその感想は似合っているのみであった。何着も続くその智之の感想についに蓮は頬を膨らませて、拗ねたようにそっぽを向いた。
「全部似合うからなぁ。」
「それ、前も聞いた。」
「ははは。そうだったか?」
「むぅ。……そんなに、興味ない?」
「そっ、そんなことないぞ?」
拗ねたようにそっぽを向いていた蓮は完全に不貞腐れたように俯くが、その肩が震えだし悲し気な声で俯いたまま言葉を出すと、智之は慌てたように肩に手を置くと蓮の瞳からぽつりと涙が一つ床に落ちた。そんな蓮の用紙に智之は全力で否定をする。
「ホント?」
「ああ、ホントホント。」
「……嘘っぽい。」
顔をあげた蓮に潤んだままの眼を向けられて内心たじろぐ智之だが、表に出すことはなく蓮の言葉を肯定する。蓮は即答するように肯定されたことで少しは心が落ち着いたのか、つんと不満を表に出しながらも、涙をひっこめた。
「ホントだって。事実、どれも似合ってるから。」
「ニヘヘ。騙されてあげるね。」
「騙してないけどなぁ。」
「ニヘヘ。はいはい。どれが一番よかった?」
ニヘヘと笑う蓮のその顔には不満そうな表情はなく、鼻歌が聴こえてきそうな上機嫌さである。騙されてあげるという言葉に嘘はなく、逆に許してしまっていたからこそ出てきた言葉なのかもしれない。その蓮の様子に苦笑を浮かべつつも智之は嘘じゃないと、告げる。
流すような言葉と共に全男性が困るであろう言葉が繰り出される。流石にこの問いに関しては、全部似合っていたでは許されず、きちんと選択をしなければならない。たとえその選択が間違っていたとしても。ここばかりは智之もきちんと考えるように顔を少し下げ、目を瞑る。
「あー、……最初のやつ。」
「ふーん。じゃ、それ買う。」
「ああ。そうか、あと浴衣も欲しいっていってたよな。」
「ニヘヘ。祭りあるから、ね。」
「ははは、祭り楽しみだな。」
どうも不機嫌になった様子がない蓮に智之は蓮に分からぬように一息息を吐く。蓮が本当に喜んでいるかは分からなかった智之であるが、不機嫌でないことから少なくとも間違えた選択でないと安心した。
「うん。早く、土曜にならないかなぁ。」
「ははは、その前に浴衣買わなくちゃ、な。」
「ニヘヘ。そうだねっ。」
「これどう思う?」
「似合うと思う。」
「ねぇ、同じことしか……この流れ、さっきもやったよね。」
智之は薄い紫や青の紫陽花が散りばめられた浴衣を手に持つ蓮に先ほどと同じように似合うという。それは智之の本心であるのだが、蓮からしたら適当にあしらわれているとしか感じられず、期限が悪くなるのも無理はない。
蓮はじとっとした目を智之に向けながら、不評を零そうとするがはたと前2回のやり取りが頭に浮かび、不機嫌さより前に呆れが来てしまう。そして、怒りや不満という感情は流されて、仕方がないという思いが蓮の心中を占める。
「ははは。そうだったか?」
「そうだったか、じゃないよ。全く、もうっ。僕じゃなかったら……。」
「僕じゃなかったら……?」
「ふんっ、何でもない。」
あからさまに鼻を鳴らして見せる蓮だが、雰囲気は何処か楽しそうで不機嫌さや不満という感情を一欠けらも感じさせない。それどころか今日の中でも一番に機嫌がよいかのようだ。それくらい雰囲気は悪くない。
そんな蓮の雰囲気を感じ取っている智之は心の中で、どういうことだ……?と首をひねっているが、蓮の機嫌がいいのはいいことであるので、心中の困惑を抑え込み笑顔を浮かべる。
「そ、そうか。」
「それで、どれがよかった?」
「うーん。……どれも似合ってた。一番気に入ったのはどれだったんだ?」
「むっ、また……。んー、当日までのお楽しみ。」
智之は紫陽花の浴衣、金魚の浴衣、縞模様の浴衣など多くの柄の浴衣を着た蓮の姿が頭に浮かんだが、ついぞ、決めることは出来なかった。お世辞抜きでどれもよかったからだ。もちろんその中で上下はあるが、一番は決められなかった。
そんな智之の内心を知ってか知らずか、蓮は智之の返答に完全に不満を言うよりも意見を尊重して、自分で決めることにしたようだ。蓮は少し考え、それをサプライズ的に見せることにした。
「そうか。また一つ祭りの楽しみが増えたな。」
「ニヘヘ。じゃあ、買ってくるから。」
「ああ。待ってるよ。」
二人でようやく抱えきれる量の荷物を持ち、二人は帰路につく。夕焼けに染まる空は二人を照らし、二人に今日の長くの時間を共にしたことを感じさせた。二人の間には会話はなくとも、心地よい空気が流れておりお互いに満足する日を送れたことを伝えあった。
「今日はありがと、ね。」
「うん?いいよ。これくらいならいつでも付き合う。」
「ニヘヘ。土曜の朝から出発だからね。」
「分かった。」
「ニヘヘ。楽しみ。」
二人は少しの間だけ見つめ笑い合うと、また帰路を歩みだす。家に帰るまで会話はなく、二人だけが感じる心地よい空気が広がっていた。




