001 男女が密室に一組、何も起こらないはずがなく
ピンク色のライトが怪しく光る部屋。その部屋の中心には二人は優に寝転がれる白と赤のベットが一つ。それに透明の鏡の向こう側には浴室が透けるように見えている。そうここは所謂ラブホだ。
その一室には息が荒く今にでも倒れてしまいそうな若い女とそんな女の肩を支えるように持つ男がいた。どちらもスーツを着ているが、何故か女の方も男用のスーツを着ていることだけは不可解だ。
「おい。大丈夫か?」
「くっ、全然大丈夫じゃないよ。」
「落ち着けよ。ほらとりあえず深呼吸してさ。」
「はー、はー、落ち着けるかよ。こんなの、こんなのどうすればいいって言うんだよ。」
息荒々しく言う女を男は落ち着かせるように優しい声音で言葉を紡ぐ。その男の言葉でも女はその内から出る感情を抑えることができないようで、甲高い声がその部屋中に反響する。そして、肩にかけていたショルダーバッグを投げ捨てる。
そんな女の様子に気遣う様子を見せる男は女のバックを拾い、その手に持っていたビジネスバックと共に近くの机の上に置いた。そして自分のスーツをハンガーにかけた後、ベッドに座わっていた女の横に腰かけた。
「なるようになる。大丈夫だ。」
「くそったれ。冗談じゃないよ。何だって僕がTSしなくちゃならないんだよぉおおおお。」
「はぁ~。お前が悪いんだろう。路地裏にいるような変な輩からもらった飲み物を飲むから。」
「だって、だって仕方ないじゃないか。吐きそうなくらい気持ち悪かった時に酔いがさめるとか言われたんだからさ。」
TSとはトランスセクシャル。性転換だ。男から女へ。女から男へ。身体が変化する摩訶不思議な現象のことを指す。一般に薬や魔法、蚊による病原体の注入などが要因に挙げられることが多い。今回の場合は変な飲み物による影響でTSしたということだ。
その女の言い訳についには男は呆れを表に出した。それでもなお女の言葉は止まることもなく、そのベットに広がるほどの長いアイスブロンドの髪を振り回しながら、甲高い声を部屋の中に響かせている。
「酒は飲んでも飲まれるなってことだな。」
「うるさーい。酒がなくちゃやっていけないでしょ。」
「はいはい。」
「はぁはぁ。くっそ、身体があつい。」
そう言って女はスーツを脱ぎ、床に投げ落とした。そして上から3つ目までは元からボタンが空いていたが、残りのワイシャツのボタンも外し始める。それと同時にベルトを外し始めるものだから、見えてはいけないものが見えそうになっている。
特にその胸は谷をつくるほど大きく、そんなだからか今にもワイシャツの外へと飛び出さんとするものだ。それに右胸の上の方に煽情的にホクロなんてものがあるのも質が悪いい。見るものが見れば一瞬でやられるであろう光景だ。
「おいおい。待てよ。仮にも女の身体だろ。男の前で脱ぐなよ。」
「はぁ?……。へぇ、この僕様に欲情しているんだね。ニヘヘ。」
「ちっ、そんなんじゃねーよ。誰がお前なんかに欲情するかよ。」
舌打ち一つした男ではあったが、内心では少しの焦りがあった。確かにくるものがあったからだ。男ならだれでも飛びつくようなそんな光景なのだ。男も例外ではない。それにベルトを外したことでへそも見えるようになっており、それもなんとも言い難いものだろう。
女のその色白の肌にホテルにあるピンクのライトが照らされ、またまた男を煽るには十分すぎるほどのものだ。それでもなお男が耐えるのはその女との関係が親友というものだからだろう。鉄の意志でどうにかとどまっているに過ぎないのだ。
「そんなこと言ってさぁ。ほらぁ、見えそうで見えないアソコやアソコ。見えない方がえっちくない?」
「ぶっは。やめろや、気色悪い。」
「はぁ~?何だよこのミラクルボディにさ。こんなん全世界の男が惚れるに決ってるじゃん。」
「あり得んな。」
その女が言うようにそのスタイルは羨まれるようなそんなものだ。太っているというほどでなく、健康的な肉付きの良さ。顔の造形もまさに二次元から飛び出てきたというほど完成されており、身長165程と小さすぎず、大きすぎずだろう。まさに万人受けする身体と言うのだろう。
「ははーん。さてはロリコンだな。やーいロリコーン。ほらほーら、このインポやろーう。ニヘヘ。」
「……。」
ニヘヘと笑った女の透き通るような空を思わせる蒼の瞳は挑発するように輝いており、その瞳を日本人特有の深く黒い瞳で真っ向から見つめなおす。そのまま何も言わぬまま男はすくっと立ち上がった。
「えっ、な、なんだよ。」
「……。」
ビクッと肩を震わせた女の正面に何も言わぬまま立つ。180程ある身長は女に尋常ではない圧力をかけることとなり、その瞳の奥に恐怖や不安、それに……若干の興奮を宿らせる。それがまた男を煽っていることにも気が付かず。
「ま、まさか欲情したのか?ほ、本当に?」
「……。」
その声は震えていた。そして瞳の奥は興奮が多くを占め、恐怖、不安が若干見えるだけだ。それを吸い込む様な黒の瞳で見つめる男は一歩前に出る。何を考えているかも分からない男の様子に女はぶるりと身体を震わせた。
「わ、悪かったよ。ほんの冗談だろ?な。」
「……。」
女の言葉に男は耳を貸すことはない。とんと女の肩を男は押す。対して抵抗はなく女はベットに横たわった。そんな男の様子に女は身体を動かすことなく、そこに変わらず在った。声は震え、身体も震えているのに逃げるそぶりなどなくあり続けた。
「や、やめ……。」
「大人の男を舐めるのも大概にしなよガキんちょが。」
「……っ。」
男は女に跨りその口を耳に寄せ、そして低く暗い声で言った。その言葉に女は言葉なく身体を震わせ、小さく息を吹いた。目は虚ろに宙を見ている。そんな女の様子に男は目を細めたがそっと目をそらしベットに寝転がる。
寝転がった時の音に合わせてか焦点の合わない目を男の方に合わせた女はまたニヘヘと笑う。その数瞬後には表情を殺して、女は上半身を起こした。そして感情のないままに男の方へと向き、そんな女を男は見上げる。
「あんまり男を、俺を煽るなよ。痛い目見てからじゃ遅いからな。」
「……。」
「分かったな。」
「うん……。」
「よし、いい子だ。」
男はベットに身を投げたまま手を伸ばし女の頭をなでた。その男のなでる手を気持ちよさそうに受け入れる女であったが、いくらかの時間が経った後にその男の胸にぼふんと頭を沈めた。
「おいおい。分かってないだろ。」
「分かってる。だけど、どうすりゃいいんだよ。こんなのさ。」
「はぁ~。安心しろ。たとえ全世界が敵に回っても俺だけは最期までお前の味方だ。」
その言葉に女は耳をぴくぴくと動かし、身体を震わせた。そうしてより強く頭を男の胸にうずめる。男はそんな女の髪をあやすように手で掻き分ける。それを心地よさそうに受け入れ、胸の中で女は息を吐いた。
「信じて……いいの?」
「ああ。俺を信じろ。」
「裏切らない……よね?」
「当然だ。俺は裏切らない。」
「助けて……くれる?」
「もちろんだ。助けてやる。」
その肯定に耳をぴくぴくと動かし、身体を震わせた。そうしてより強く、より強く頭を男の胸にうずめる。その身を焦がす大きな感覚、幸福感を噛みしめるように。より強く、より深く落ちていくその感覚に。
「……ありがと。」
「任せとけ。ほら、安心して眠りな。」
「うん。……おやすみ。」
「ああ、おやすみ。」
男の慈しみさえ感じるその低い声が頭の中で反響し、静かに暗く意識が閉ざされていく。