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09 タリーニ国王家 (2)

「イラーリア王女は、本当にサンドロ王の娘なのかしら」

「二番目の妻との間に生まれた娘──ということになってるね」


 ぽろりとこぼした疑問にミラーが答えを返したが、何やら含みのある言い方だ。コンスタンツァは怪訝に思ってミラーに尋ねた。


「実際には違うということ?」

「さあ。僕はこちら側から眺めることしかできないからね。本当のところがどうかは、わからないな」

「でも何か、おかしいと思うことがおありなんでしょう?」

「うん。まあね」

「で、それは何なの?」


 コンスタンツァの問いに、ミラーはしばらく間をあけてもったいぶった挙げ句に、やっと答えた。


「最初の王妃と二番目の王妃、そしてイラーリア王女は三人ともまったく同じ顔をしてるんだよ。不思議じゃない?」

「まあ。よほど最初の奥さまのお顔がお好きだったのね」


 彼女の素朴な感想に、ミラーはなぜか肩を落として「そうじゃない」とつぶやいた。その上、残念なものを見る目を彼女に向ける。いたって当然な感想を口にしただけなのに、どうにも失礼な精霊だ。


「似ているってレベルじゃないんだよ。同一人物にしか見えないんだ」

「そこまで? ということは、双子のお妃さまだったの?」

「違う」


 ごく自然な推論を口にすれば、ミラーはさらに肩を落とす。まったくわけがわからない。コンスタンツァはため息をついた。


「もう少し、わたくしにもわかるように説明してくださらない?」

「ごめん。僕自身、きちんとは理解できてないんだ」

「そう。そういうことなら仕方ないわね。だったらあなたが理解している範囲でかまわないから、もっと具体的に説明してくださるとうれしいわ」

「善処しよう」


 そうしてミラーが説明したのは、次のような話だった。


 最初の王妃とサンドロ王との婚姻期間は、三十年ほどだった。三十年間、王妃は結婚当時と同じ顔のまま、少しも老いることがない。最後までその美貌を賞賛されていた。しかし彼女は結婚後、約三十年で病没する。


 そしてすぐに二番目の妃と結婚したのだが、彼女は最初の王妃とまったく同じ顔をしていた。にもかかわらず、ミラーの知る限り、周囲の者は「最初のお妃さまに勝るとも劣らぬお美しいお妃さま」と言うばかり。まるで同じ顔とは思っていないかのようだ。この二番目の王妃もまた、老いることがなかった。そしてやはり、結婚後三十年ほどで病没した。それが二年前のこと。


 彼女の病没後、突如として現れたのがイラーリア王女だ。この王女は二番目の王妃の娘という話だが、ミラーはこの王女の幼い頃の姿を見たことがない。二番目の王妃が姿を消したのと同時に、忽然と現れたようにしか思えなかった。


 そしてこのイラーリア王女は、母親だという二番目の王妃と同じ顔をしていた。


 そう説明し、ミラーは「ね。不思議だろう?」と締めくくる。


 コンスタンツァは気味の悪さに身震いして、「そうね」と同意した。


「まるで不老不死の人間が、別人を装って王家に巣くっているみたいじゃない」

「そう、そうなんだよ。それなのに僕以外、誰も不思議に思ってる様子がないのが、本当に不思議なんだ」


 ミラーの言う「不思議」が何かはわかったものの、あまり愉快な不思議ではない。コンスタンツァは深く息を吐き出した。


「いやだわ、この国にもおかしなことが起きてるだなんて」

「その言い方だと、他の国でも何か起きてるみたいだね」

「さっき話したばかりじゃないの。わたくしの祖国パルマのことよ。まったく、おかしなことばかりだわ」


 思い出したら、怒りがまたぶり返してきた。


「あの魔女は、いったいいつの間にあの子になりすましたのかしら。最後の最後まで気づけなかったなんて、本当に不覚だこと」

「え? なりすます? 誰に?」


 コンスタンツァの吐き出す言葉に反応して、ミラーが尋ねた。


「わたくしの従姉妹のソフィアよ」


 彼女の答えに、ミラーはぽかんとする。


「え、待って。さっき聞いたのは、無邪気で単純そうな娘を装っていた従姉妹にはめられたって話だとばかり思ってたんだけど」

「そんなわけがあるものですか。あの子にそんなことを企むような知恵などないわ」

「だから別人だろうってこと?」

「そこがわからないのよ」


 正直なところをコンスタンツァが告げると、ミラーは「おやおや」とでも言いたげに眉を上げてみせた。だが、わからないものは、わからないのだ。何かがソフィアに取り憑いて体を乗っ取っているのか、あるいは何らかの方法でそっくりに見せかけて成り代わっているのか、もはや彼女には確かめようがない。それに、おかしなことと言えば、まだ他にもある。


「それにね、別れ際のルキーノの様子も何だかおかしかったの」

「どんなふうに?」

「わたくしがこの国に発つとき、お忍びで屋敷までお別れしに来てくれてね──」


 そのとき、ルキーノは泣きそうな顔で言ったのだ。


『こんなこと、きみに頼める立場じゃないのはよくわかってるんだけど、でもお願いだ──』


 ところが肝心の頼み事を口にする前に、ソフィアが「コニーお姉さま!」と応接室に飛び込んできてしまった。そしてソフィアが心配そうにルキーノの腕に手をかけ、顔をのぞき込んだ瞬間、彼の表情がころっと変わる。今にも泣きそうにゆがめていた顔に、とろけるように甘い微笑みを浮かべてソフィアを見つめ返したのだ。仲睦まじくて、大変に結構なことだ。


 だが表情を変える直前、彼は声に出さずに口の動きだけでコンスタンツァに頼み事を伝えようとしていた。その動きは、確かにこう言っているように見えた。


『た・す・け・て』


 まったくわけがわからない。いったい彼に何の助けが必要だと言うのか。何から助け出してほしいのか。コンスタンツァには見当がつかなかった。そもそもこれから国を追われようとしている彼女に、できることなど何もない。けれども彼が助けを求めていたことだけは、心に留めておこうと思った。


 そう彼女が説明し終わると、ミラーはしらけた顔をした。


「いや、どう考えても、助けが必要なのはきみのほうだよね? 甘えた王子さまだなあ」

「そんなことないわ。だって、あの頑張り屋のルキーノが『助けて』と言ったのよ? よほど何か切羽詰まった事情があったに違いないわ」


 彼女が言い返すと、ミラーは黙って肩をすくめた。

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