08 タリーニ国王家 (1)
ミラーは少し考え込んでから、さらに質問する。
「それで、いったいどんな復讐をするつもりなの?」
「それはもちろん、魔女にギャフンと言わせてやるのよ!」
コンスタンツァの答えに、ミラーは小さく吹き出した。笑われた彼女は、ムッと眉根を寄せる。
「何がおかしいの?」
「ごめん、笑うつもりはなかったんだけど。ギャフンだなんて、かわいいことを言うものだから、つい」
コンスタンツァは「かわいい……?」と怪訝そうに首をひねってから、ある考えに至った。きっとミラーは慣用句を知らず、言葉の意味がわからなかったのだろう。
「あのね、ギャフンというのは、比喩なの。本当に言葉として『ギャフン』と言わせるわけじゃないのよ。そうではなくて、逆に言葉も出ないほどやり込めることを言うの」
「ああ、うん」
彼女が真面目に解説してやったと言うのに、ミラーは気の抜けた返事をするばかりで、くすくす笑っている。その反応に思わず眉をひそめると、彼はわざとらしく咳払いしてから「それで」と切り出した。
「具体的には、どうやってギャフンと言わせようとしてるのかな?」
「それは、これから考えることだわ」
少々気分を害しつつあったが、それでもコンスタンツァは真摯に答えた。にもかかわらず、ミラーときたら「まさかの無策!」と声を上げて笑い出すではないか。
これにカチンときた彼女は、硬い声で彼を叱責した。
「ミラー、あなたって本当に失礼ね。ものには順番というものがあるのよ」
「それは失礼した。では、まず何から始めようとしているの?」
「だから、さっきも言ったでしょう。まずは陛下のお心をつかまなくては、何も始まらないじゃないの」
「なるほど。そこへ戻るわけか」
ミラーの相づちに、コンスタンツァは「そうよ」と返す。
「追われるようにして国を出ることになったのは忌々しいけれども、婚姻のお相手が国王陛下だったのは僥倖だったわ」
「いや、僥倖って相手かなあ……」
コンスタンツァは、あくまで前向きだ。そんな彼女を気の毒そうに見やり、ミラーは笑みを消して眉尻を下げる。けれども彼女にしてみたら、気の毒がられるような話ではない。
「だって国の最高権力者よ?」
「それはそうだけど」
「国をまたがったお願い事をするなら、これ以上のかたなんてどこにも見つからないのではなくて?」
「それはそうなんだけど……」
歯切れ悪く水を差すミラーに苛立ち、コンスタンツァは「なによ」と目を据わらせて腰に手を当てた。
「言いたいことがあるなら、はっきりおっしゃいな」
「頼み事をする相手として最高なのは、否定しないよ。でもきみみたいに若くて美しい、魅力的な女性の伴侶としてふさわしいと言うには、ちと年が離れすぎていやしないかい?」
言いにくそうに理由を説明したミラーに、彼女は「ああ、そんなこと」と肩をすくめた。
「王族の政略結婚にはよくあることでしょう。それほど珍しくもないと思うわ。だいたい、さっきから何なの? あなたの文句ときたら、お年のことだけじゃないの。それとも、それ以外にも何か困ったところがおありのかたなの?」
「いや、それはないけど」
「だったら何の問題もなくってよ」
「そうなの……?」
「ええ、そうよ」
コンスタンツァはきっぱりと言い切った。
幼い頃に夢見た結婚とはいろいろ違うかもしれないが、理想と現実は違うのだ。復讐を果たすという大きな目標の前に、婚姻相手との年の差など些末な問題である。ちょっと二、三十ほど離れていようとも、何の障害にもなりはしない。たぶん。
けれどもミラーは、まだ納得しかねている様子だ。ぶつぶつと何やらつぶやいている。
「だからって、棺桶に片足突っ込んでるようなじいさんが相手でいいのか……?」
なんともはや、失礼すぎる言い草だ。しかし彼女はミラーをとがめようと口を開く前に、少し考え込んでしまった。それはまさに、彼女自身も気になっていたことだからだ。
「サンドロ王のお年は、いったいおいくつなの?」
「八十二」
ちょっと二、三十どころの年の差ではなかった。十八歳の彼女とは、実に六十四歳差である。軽く半世紀以上もの差があったとは。コンスタンツァは「あら……」と思案げに頬に手を当てた。脳裏に「老衰」の文字がよぎっていく。
常に前向きな彼女も、さすがに本気で心配になってきた。
「お加減が優れないと聞いているのだけど、大丈夫かしら……」
「そろそろ寿命じゃない?」
毛ほども悪びれることなく、ミラーは身も蓋もないことを言う。あまりにも身も蓋もないのだが、かと言ってコンスタンツァにはそれを頭から否定することもできなかった。だって、彼女自身がまさに不安に思ってしまったことだから。
「困ったわ。せめてわたくしと正式に婚姻を結ぶまでは、お元気でいてくださらないと」
「きみ、本当にぶれないね」
ミラーは呆れ顔だが、とても重要なことだ。なぜって「婚姻を結ぶために隣国からやってきた小娘」と「婚姻直後に夫に先立たれてしまった元王妃」とでは、まるで立場が違うのだから。立場が違えば、あらゆることが違ってくる。具体的に挙げるとするなら、主に使える権力といったものが。
隣国侯爵家の小娘に、この国で振るえる権力など何もない。ところがひとたび王妃となってしまえば、状況は一変する。それが形ばかりだろうが、どれほど短期間であろうが関係ない。タリーニ国王家の一員として、確固たる地位を得ることになるのだ。だから彼女の目標のために、国王との婚姻は欠かすことのできない絶対条件だった。
せめて後継者が王女でなくて、王子ならよかったのに。それならば、たとえ万が一国王が寿命を迎えて彼女との婚姻前に没したとしても、相手を王子にスライドすることもできただろう。
そこまで考えてから、コンスタンツァはふと気になった。
イラーリア王女は、彼女より二歳上の二十歳のはずだ。サンドロ王が現在八十二歳なのだから、六十二歳のときに生まれた娘ということになる。不可能とまでは言えないのかもしれないが、不自然だ。娘どころか孫、いや、ひ孫でもおかしくない。