07 追放された悪女 (4)
これがタッデオひとりなら、親に厳重注意した上で、コンスタンツァの護衛を厚くすれば済んだかもしれない。しかし、タッデオの対応をしている間に、また別の者が同じように「自分こそがコンスタンツァの恋人だ」と言い出す始末。そしてその者に対応しようとすると、また別の者が──、という具合で、まるでモグラ叩きのようになっていた。
ことがことだけに、問題が起きてから対処するのでは遅すぎる。この場合の問題とは、すなわちコンスタンツァの身に危害が及ぶということなのだから。
「そこへ偶然、隣国タリーニの王から縁談がもたらされたというわけなのだよ」
常なら受けることなどなかったであろう縁談だが、この状況では悪い話ではない。
何しろ国内では、もはや彼女に縁談は望めなかった。いくら国王が否定しようとも、身持ちの悪い娘のように噂されてしまっている。噂を信じてしまった者はもちろんだが、噂を鵜呑みにはしない者からも、縁組みは敬遠されていた。噂の真偽にかかわらず、複数の男たちとの間に問題を抱えている、ということ自体が敬遠する理由になってしまう。
国内がこのようなありさまなので、サンドロ王の年齢にさえ目をつむれば、渡りに船だったのだ。隣国であれば、問題の男たちがどれほど必死になろうと手出しはかなうまい。国王の庇護も得られ、この国に留まるよりも安心して暮らせるだろう。そのような判断のもと、隣国タリーニのサンドロ王と、コンスタンツァの縁組みは成されたのだった。
そうと決まれば、国を出るのは早いほうがよい。彼女の身の安全には何ものも替えられないのだから。幸い、サンドロ王は「持参金不要。身ひとつで嫁いできてくれてかまわない」と言ってくれている。
言葉どおりに受け取って、持参金をつけないつもりはない。それでも、この申し出はありがたかった。通常であれば、王族との婚姻には準備にかなりの時間を要するものだ。だがこの申し出のおかげで、まずは身ひとつで隣国に赴いてもよいことになる。嫁入り道具は追って送ればよい。
他に有効な手立てもないこととて、不満はあれど、父エリゼオもこの婚姻に同意したのだった。
* * *
「──そんなわけで、本当に身ひとつの状態でこの国にやって来たのよ」
「それはまた、大変な目に遭ってきたんだね」
コンスタンツァが話を締めくくると、ミラーは痛ましそうに眉をひそめた。ところが彼女のほうは当事者であるにもかかわらず、悲愴さがかけらもない。まるで他人事のように涼しい顔で、肩をすくめた。
「まったくね。わけもわからず、国から追放されたようなものだわ。実際、口さがない者たちは『男たちを手玉に取っていた悪女が、ついに追放された』なんて言ってるそうよ」
「まったくひどい話だ」
ミラーは憤慨したように吐き捨てる。彼女に同情して憤っている様子だったが、やがて大きく息を吐き出すとコンスタンツァに尋ねた。
「それで、きみの復讐したい相手というのは誰なの? そのタッデオとかいう男?」
「まさか。どうせ彼だって、騙された被害者でしょう」
「そうなのか……。じゃあ、誰のことだろう」
「それはもちろん、あの女よ!」
とたんに目を据わらせたコンスタンツァに、ミラーは面食らったように目をまたたかせた。
「ええっと、『あの女』って……?」
「あの女は、あの女だわ」
「でも、今の話の中に女性は三人しか出てこなかったよね? 王妃と、きみの叔母と、従姉妹──」
「あんな女が、わたくしの従姉妹などであるものですか!」
コンスタンツァは険しい表情で、ミラーの言葉を遮るようにして斬って捨てる。
彼女の反応に、ミラーは戸惑った顔を見せた。彼女が何に怒っているのか、彼には理解できない様子だ。困ったように首をかしげながら、言い直した。
「そうか。じゃあ、ソフィア嬢──」
「あの女を、そんな名前で呼ばないでちょうだい! 汚らわしい」
コンスタンツァは再びミラーの言葉を遮る。あの女のことをその名前で呼ぶなど、彼女にとってまったく我慢ならないことだった。
彼女の剣幕にミラーは困り果てた様子で、しばし沈黙した。ややあってから、言葉を選ぶようにして慎重に理由を尋ねる。
「どうしてその、ええっと、彼女に復讐したいのかな?」
「すべての元凶だからよ」
「元凶?」
「ええ、そうよ」
コンスタンツァにとっては自明の理なのだが、その簡潔な答えにミラーは困惑の色を深めた。
「その彼女は、いったいきみに何をしたの?」
「まんまとルキーノの婚約者に納まり、わたくしを悪女とおとしめたばかりか、国から追い出したじゃないの」
「それをしたのが、その彼女だと思っているんだね?」
「だから、さっきからそう言っているわ」
瞬間的に燃え上がるような怒りを見せたコンスタンツァだったが、今はもう落ち着いている。あの女のことを血のつながった従姉妹のように言われたり、ソフィアの名で呼んだりされるのに我慢がならないだけであり、別にミラーに腹を立てているわけではないのだ。
それに、さきほどはついカッとなってしまったが、冷静になって考えてみれば、当事者でないミラーにとってはコンスタンツァから聞いた話がすべてだ。彼女の逆鱗がどこにあるのか、理解できなかったとしても少しも不思議はなかった。思ったとおり事情がのみ込みきれない様子で、ミラーは質問を重ねる。
「でもさ、その彼女──、ああ、呼びにくいな。名前で呼んではいけないなら、何て呼べばいい?」
「あれは悪しき魔女よ。『魔女』で十分だわ」
「わかった。で、その魔女の仕業だって、どうしてわかったの?」
「わたくしが国を離れるときに、あの魔女はわたくしを見て嗤ったのよ。ほくそ笑むように、あざ笑うように。他の誰からも見えない角度から、醜悪な笑みをわたくしに向けたの。それでわたくしは、すべてはこの女の仕組んだことだったのだと、遅まきながらやっと悟ったのよ」
「なるほど」
彼は相変わらず腑に落ちないような顔で、曖昧にうなずいた。