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06 追放された悪女 (3)

 グレゴリオは難しい顔をしたまま、さらにこう続けた。


「コンスタンツァ嬢には、隣国タリーニのサンドロ王に嫁いでもらうことになった」


 これにコンスタンツァは目を丸くした。さきほど聞かされた婚約の解消以上の驚きだ。タリーニ国王という身分だけ聞けば、不足がないどころか、これ以上のものは望めない。しかし、彼は何歳だっただろうか。彼女が物心ついた頃から国王の座に就いている人物なのだから、若くはないはずだ。


 いくら身分だけ見れば申し分ない相手とはいえ、父が望んで結ぶ縁談とは思えなかった。チラリとエリゼオの表情をうかがい見てみれば、やはり苦虫をかみつぶしたような顔をしている。


 しかし、これは王からもたらされた縁談だ。たとえ不服があろうとも、異を唱えることなどできようはずがない。コンスタンツァは硬い声で「かしこまりました」と国王に返事をした。


 グレゴリオは深くため息をついてから、疲れたような目をコンスタンツァに向けた。


「すまない、コンスタンツァ嬢。これが私にできる最善だった」

「はい、ありがとう存じます」


 さっぱり状況がわからない。だが国王の厚情だけはしっかり伝わったので、戸惑いながらも礼を言った。


「急な話で悪いが、なるべく早くタリーニに発ってもらいたい」

「はい」


 王妃スザンナは悲痛な面持ちで額に手を当て、首を振ってからコンスタンツァに訴えかけた。


「どうしてこんなことになってしまったのかしら……。わたくしたちは、断じてあんな噂を真に受けているわけではないのよ。これはあなたを守るためなの。それだけは信じてちょうだい」

「あんな噂……? いったいどのような噂でしょうか」


 噂と言われても、コンスタンツァには何のことだかわからない。いぶかしげに尋ねる彼女に、国王は「なんと。知らぬのか」と目を見開いた。


 エリゼオは憮然として「娘の耳には入れたくもありませんでしたからな」と吐き捨てる。国王はエリゼオの無礼な態度をとがめることもなく、小さく嘆息した。


「気持ちはわかるが、知らぬままでは危険であろうよ」

「十分に守ればよいだけのこと」

「守りきれぬと判断したから、こうなったのではないか」


 ぐっと詰まったエリゼオに、国王は「話すぞ」と宣言してからコンスタンツァに説明を始めた。ここで初めて、彼女は自分についてどのような噂が王宮内を駆け巡っているのかを知ったのだ。


「王宮の侍女や侍従たちの間で、あなたの悪評がまことしやかにささやかれているのだ。あなたのことをよく知らぬ者ほど深く信じてしまっているようだな」


 その悪評とは、コンスタンツァから季節はずれの果物を出すようにと無理難題を申しつけられたとか、その命令に応えられないとかんしゃくを起こすとか、果ては物を投げつけられたとか、およそ彼女がやりそうもないことばかり。にもかかわらず、実際に被害を受けたとの体験談が後を絶たない。コンスタンツァが王宮を訪れるたびに、そうした逸話が増えていくのだ。


 彼女と直接関わりのある者は、もちろんそれが嘘であるとすぐ気づく。しかしコンスタンツァと接する機会のある者は、そう多くはない。だから関わりの薄い者や、接点のない者を中心に、噂が広まっているというわけだった。


 とはいえ、これだけであれば、言ってしまえば「たかが悪評」である。だが彼女の悪評は、これだけに収まらなかった。もっとずっとたちの悪いものが広まっていたのだ。それは使用人ではなく、貴族の間に広まる噂だった。


「ナルチーゾの下のせがれが、そなたと恋仲だと吹聴して回っておってなあ。接点などないはずなのに、『彼女は照れ屋なので、人のいる場所ではつれない態度を見せているだけ』などと妄言を吐いているのだ」


 話を聞いて、コンスタンツァは眉をひそめる。嫌悪で鳥肌が立ち、ほとんど無意識に腕をさすった。ナルチーゾ伯爵の次男と言えば、確かタッデオという冴えない男だったはずだ。彼女より十歳以上も年上だが、まだ独身だったと記憶している。


 グレゴリオは彼女に気の毒そうな視線を向けつつも、話を続けた。


「しかも王宮で逢瀬を重ねていると言い張るのだ。日時を尋ねると、あなたが妃教育で王宮に来ている日と一致するから、妙な信憑性がある。実にたちが悪い。そればかりか、使用人からは目撃証言が出る始末でな」


 これには、コンスタンツァは目をむく。礼儀がなっていないとわかっていても、思わず「ありえません」と口をはさんでしまった。国王は「もちろん、わかっているとも」と制止するように手を振る。


「私も、妃も、十分にそれは承知しているよ。もちろん、上級の侍女や侍従たちもな。だが、それ以外の者たちが問題なのだよ」


 目撃証言まで出るくらいなので、下級の使用人たちの間では知らぬ者はいないほど広まってしまっている。コンスタンツァを直接知る侍女や侍従たちが否定すれば、表向きは上の者の言葉を聞き入れたように振る舞う。しかし、実際にその言葉を信じた様子はない。一向に噂が沈静化しないのを見れば、それは明らかだった。


 いったいどうしてそのような目撃証言が出てくるのか、コンスタンツァには見当がつかない。けれども目撃したと言う者が何人もいるようでは、いくら真実を語って聞かせてようとも噂が収まることはないだろう。それは彼女にも容易に想像できた。


 まったくもって腹立たしくも、歯がゆいことだ。


 国王は沈痛な面持ちで、さらに続ける。


「ナルチーゾのせがれだけでも面倒なのだが、困ったことに、他にもいるのだよ。同じようなことを言いふらすやつがな」


 コンスタンツァはゾッとして、身震いした。


 グレゴリオが挙げる名前は、いずれもタッデオといい勝負で難ありの者ばかり。彼らの難点は、容姿もあるが、それ以上に才能や性格に関するものが大きい。たった一度の国外旅行を鼻にかけて、すっかり外交官気取りの者。親の功績を自分の能力と勘違いして、口を開けば自慢話しかしない者。冴えない容姿を気にして卑屈なくせに、プライドが高くて攻撃的な嫌みばかり口にする者。そういうたぐいの難ありなのだ。


 言いふらすだけでも困ったものだが、彼らは本気で自分がコンスタンツァの恋人だと信じ込んでいる。いくら勘違いだと諭そうが、逢瀬の目撃者もいるほどなので、まして本人が思い込みだと認めることは決してない。だから相思相愛と思い込んだまま、いずれ彼女に対して強引な行動に出かねなかった。

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