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05 追放された悪女 (2)

 ルキーノがソフィアと知り合ったのは、コンスタンツァの妃教育がきっかけだった。


 ソフィアはオルドリーニ侯爵家で暮らし始めてすぐに、コンスタンツァに懐いた。そして彼女のすることなら何でも真似したがった。ただし勉強は真似しない。真似したがるのは、あくまで表面的なことに限られる。


 妃教育には興味がなさそうだが、妃教育のために王宮に行くのは羨ましかったらしい。


「わたしも一緒に王宮に行きたい! ねえ、いいでしょう?」


 ソフィアにねだられて、愛らしい姪に甘い父エリゼオは、うなずいてしまった。


 かくしてソフィアは、行儀見習いの侍女という触れ込みでコンスタンツァに付いて王宮に一緒に行くことになる。せっかくだから王妃から一緒に礼儀作法を教わればよいとコンスタンツァは考えていたが、そこは勉強嫌いなソフィアのこと。


「王宮侍女のお姉さまがたにご挨拶してまいります」


 指導が始まると、こんなふうに調子よく逃げ出してしまう。そうして逃げ出した先で、偶然、ルキーノと会ったらしい。ちゃっかり王宮侍女たちの休憩に交じって談笑していたソフィアに、ルキーノが声をかけたのだ。


「おや。見かけない顔だと思ったら、コニーの従姉妹か」

「はい! 行儀見習いということにして連れて来てくださいました」

「『ということにして』って、実際は違うのかい?」

「違わないわ。本当にちゃんと見習いをしようと思ってたの。だけどコニーお姉さまのレベルが高すぎて、ついて行けないんですもの……」


 後ろめたそうな顔をしつつも正直な理由をぶっちゃけたソフィアに、ルキーノは吹き出した。


「どんなところがついていけなかったのかな?」


 ソフィアが「ええっと……」とたどたどしく説明を始めると、ルキーノは愛想よく耳を傾ける。そして「どれ、僕がちょっと見てあげよう」と、ソフィアのわからないところや、難しくてうまくできないことを教え始めた。


 いくら勉強嫌いのソフィアであっても、王子さまによるじきじきの指導とあっては、真剣に学ぶ。しかもルキーノは、案外教え上手だった。


 これがソフィアにとって実りのある時間だったのは、言うまでもない。だがルキーノにとっても、目下の者に指導するというこの時間は、他では得がたい楽しい時間だったようだ。別れ際に彼は、ソフィアにこう声をかけた。


「毎回は難しいだろうけど、時間があればまた見てあげるよ」

「本当ですか!」


 普通なら社交辞令と受け取りそうなものだが、よくも悪くもソフィアは素直な娘だ。満面の笑顔で「ありがとうございます!」と言葉どおりに受け取った。ルキーノのほうも愛想よく「またおいで」と返す。これがルキーノとソフィアの交流の始まりだった。


 この後、コンスタンツァの妃教育には、必ずソフィアが同行するようになる。そして妃教育が始まると抜け出し、当たり前のようにルキーノのところに入りびたるようになった。もちろん、ソフィアもそんなことを口に出したりはせず、コンスタンツァには隠していたが。感心しない行いであることは、彼女にも自覚があったらしい。


 もっとも、ソフィアが隠していても、コンスタンツァには筒抜けだった。なぜなら、ルキーノのほうは隠す気がまったくなかったからだ。彼女と顔を合わせれば、「またきみの従姉妹が押しかけてきたよ」と楽しそうに、何ひとつ包み隠すことなく語る。どんな話をしたのか、何をどのように教えたのか。


 もしルキーノが少しでも迷惑そうな顔を見せたなら、コンスタンツァもソフィアに控えるよう釘を刺したかもしれない。だが彼は、年下の少女に頼られてあれこれ教えることを、心から楽しんでいる様子だった。それに、ルキーノの話しぶりからも明らかに、後ろめたいことなどひとつもないのが見てとれた。だからコンスタンツァがルキーノをとがめることはなかったし、あえてソフィアにも何も言わずにいたのだ。


 だが、おそらくそれがいけなかった。


 コンスタンツァの知らないところで、ことは動いていた。そして気づいたときにはもう、何もかもが手遅れだった。


 まず、いつの間にか彼女の悪評が流されていた。それも貴族たちだけでなく、王宮の使用人たちの間にまで浸透するほどの拡散力で、まことしやかに語られる。いわく「高慢で思いやりがなく、金遣いが荒い」のだそうだ。まったくもって根も葉もない噂だ。


 彼女はこの噂に気づくことができなかった。表向きは誰の態度にも変化がなかったからだ。それに、わざわざそのような噂を彼女の耳に入れようとする者もいなかった。


 そしてついにある日、コンスタンツァは侯爵である父エリゼオから声をかけられた。


「コンスタンツァ。明日の昼前に王宮に呼ばれているから、準備しておきなさい」

「はい、お父さま。どのようなご用向きですか?」

「陛下から、お前とソフィアにお話があるそうだ」

「わかりました」


 素直にうなずきながらも、彼女はいぶかしく思った。ソフィアにも話があるという点が、不思議だったのだ。が、彼女はそれに関して父を問いただすようなことはしなかった。エリゼオの顔には隠しきれない憔悴が見てとれたからだ。


 父が心労を受けた理由は、翌日出向いた先の王宮で判明した。王宮では国王夫妻に加え、王太子であるルキーノがオルドリーニ家の三人を迎えた。そして国王グレゴリオはその場で、こう宣言したのだ。


「コンスタンツァ嬢とルキーノの婚約を解消とする」


 コンスタンツァは驚きに目をまたたかせた。だって彼女にとっては、青天の霹靂だ。理由がわからない。けれども彼女の困惑をよそに、グレゴリオ王は続けた。


「ルキーノは新たにソフィア嬢と婚約を結ぶこととする」


 この宣言に、ソフィアはぽかんと口を開ける。それからあわてた様子で、両手で口を覆った。十六歳にもなった娘とは思えない、幼い仕草だ。コンスタンツァは思わず呆れた視線を向けてしまったが、口に出しては何も言わなかった。国王の前にあっては、がみがみと小言を言うほうがはしたない。


 もっともコンスタンツァにとって、婚約者のすげ替え自体は特に異存がなかった。もちろん、驚きはした。だがルキーノがソフィアと一緒にいるほうが安らげるというなら、それもいいだろうと思ったのだ。


 だって、これといって支障がない。


 この婚約に政治的な意味合いがまったくないわけではないが、それは婚約者がコンスタンツァでなくとも問題ない程度のものだ。ソフィアだって、れっきとしたオルドリーニ家の系譜にある娘なのだから。叔母は婚姻により一度は家を出たとはいえ、オルドリーニ家の直系であることに違いはない。父親の血筋にも問題はない。嫡男でこそなかったものの、グロッソ伯爵家の直系である。


 けれども、話はルキーノの婚約者をすげ替えるだけに終わらなかった。

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