41 後始末 (2)
その日はソフィアだけを実家に残し、コンスタンツァはいったんサンチェス公爵邸に引き上げた。二人の精霊も「婚約式には、また呼んで」とコンスタンツァに約束させた上で、精霊界に戻って行った。
そして翌日、コンスタンツァは王宮を訪ねることになった。国王一家との面会は、事前にサンチェス公爵が根回し済みだ。トレッティ公爵とサンチェス公爵、そしてライモンドが同行した。さらには、父エリゼオとソフィアも呼ばれていると言う。
要人たちが集まると、さっそくグレゴリオ王が切り出した。
「パルマとタリーニ、両国の王家にかかわる重要な話があると聞いた。いったい、どのような話だろうか」
「それは一番の当事者である、タリーニの王太子殿下からお話を伺うのがよろしいかと」
サンチェス公爵は、ライモンドに話を振った。グレゴリオ王がうなずくのを待ってから、ライモンドはまず、自分の正体を明かす。
「実は僕は、サンドロの息子ではありません。国王の第一子なのは本当ですが、父はピエトロです。つまり、サンドロは弟ですね」
父エリゼオとグレゴリオ王は、異口同音に「はあ?」と間抜けな声を上げた。どちらもあっけにとられた顔をしている。
「まあ、そう聞いても、すぐには信じていただけないでしょう。ですから今はそれは脇に置いて、まずはすべての元凶である、闇の魔女リリートスラーヴァについてお話しします」
ライモンドは魔女という存在があること、罪を犯した魔女への罰として咎人の鏡が作られたこと、初期の鏡には欠陥があって精霊に回収されたが、闇の魔女リリートスラーヴァが回収漏れの鏡を悪用して若い娘の体を乗っ取ってきたこと、さらに闇の魔法により人々の心を繰って罪を隠蔽したり、魔女にとって都合の悪い者を排除してきたことなどを説明した。
なかなか長い話だったが、誰ひとり口を挟む者はいなかった。
「ですから、イラーリアという王女は実在しないのです」
ライモンドがこう説明すると、グレゴリオ王は「なるほど」とうなずく。
「そして僕は六十年以上も前に行方不明となったライモンドなわけですが、それを正直に話したところで誰も信じてはくれないでしょう」
「事情を知らなければ、そうなるだろうなあ」
「そんなわけで、サンドロの後継者は王女じゃなくて王子だった、僕がそのイラーリオだと、もう面倒くさいんでそういうことにしといてください」
ライモンドがやや投げやりに頭を下げると、グレゴリオ王は苦笑しながらうなずいた。
「サンドロ王が公認のことなら、こちらから口出しすることは何もないよ」
「はい。これはサンドロと相談して決めたことです」
ライモンドのこの返事に、コンスタンツァはびっくりした。
「いったいいつの間に陛下と相談してらしたの? 鏡から出ていらっしゃったのなんて、つい先日のことじゃないの」
「解放されてすぐに、だね。サンチェス公とトレッティ公の伝書鳥に世話になったよ」
手紙のやり取りで、方針を相談したようだ。
ここでグレゴリオ王はふと真顔になり、深くため息をついた。
「それにしても、我が国もあわや魔女に食い物にされるところだったんだな」
「いえ。食い物にされるとしたら、国ではありません。ルキーノ王子です」
自分の名が出て、ルキーノは顔を上げる。ライモンドはチラリと彼の顔を見やっただけで視線を落とし、言葉を続けた。
「あの魔女は、政治には一切の手出しをしませんでしたね。誰からもちやほやされる最高の身分を得ることが目的だったらしく、国を傾けるようなことはなかったんです。でも代わりに、サンドロの人生は完全に食い物にされてしまいました。最後は不要になったとばかりに、毒まで盛られて……。コニーがいなければ、今頃どうなっていたことか」
サンドロ王の身に起きたことは、魔女が野放しになっていれば、将来ルキーノの身にも起きたであろうことだ。ルキーノは顔色を悪くした。ソフィアは隣に座る婚約者を慰めるように、彼の腕に優しく手を置いて声をかける。
「でも、あの魔女はちゃんと報いを受けていると思うわ」
「飢えることも老いることもない世界に、ただ幽閉されただけじゃないか」
ルキーノにとっては納得できる処遇ではなかったようだ。だがソフィアは首を横に振った。
「ただの幽閉じゃないもの。あの人、鏡に閉じ込められる直前に頭を抱えて、胸を押さえていたの。あれはね、死ぬほど痛くて苦しいのよ。何度もなったから、よく知ってるの。次こそきっと、本当に死ぬのだと思ってた。鏡の中では時が止まっているから、死なない代わりに永遠にあの苦しみが続くんでしょう? 正真正銘の地獄だと思うわ」
ソフィアがそんなふうに感じていたとは。コンスタンツァは言わずに伏せていたのに、ソフィアはあの年老いた体の寿命がそれほど残されていないことを、正確に悟ってしまっていたらしい。あまりの痛ましさに、コンスタンツァは眉をひそめる。
だがそれはそれとして、あんな魔女のことさえ気の毒に思っている様子のソフィアには、とても同意できなかった。コンスタンツァは冷めた声で「それは自業自得よね」と吐き捨てた。
「だって永遠の地獄を選んだのは、あの人自身ですもの」
そうなのだ。リリートスラーヴァを咎人の鏡に幽閉するのは決定事項だったとはいえ、期限付きとなる可能性もあった。
あのとき、もし魔女がおとなしくレプリカをコンスタンツァに渡していたなら、ライモンドが幽閉されたのと同じだけの期間幽閉された後、解放される予定となっていた。解放されたとしても加護は剥奪されていて魔法は使えないし、寿命だってもうほとんど残っていないだろう。それでも、苦しみが永遠に続くことはなかったはずなのだ。
問答無用で咎人の鏡に幽閉せずに、まずレプリカを渡すよう求めたのは、言ってみれば最後の温情だった。要するに、唯一あの魔女に与えられた、情状酌量の可能性だったのだ。けれどもリリートスラーヴァは、その可能性を自ら投げ捨ててしまった。レプリカを破壊することによって。
あれがレプリカでなく本物だったら、未来永劫ライモンドは解放されることなく、鏡の中に閉じ込められたままになっていただろう。それを承知した上で破壊したのだから、同じ目に遭わされたところで文句を言えた筋合いではない。まさに因果応報である。
この温情は、闇の精霊によって与えられたものだ。ホリーが事前に鏡をすり替えてくれたから、闇の精霊が解放され、彼に裁きを委ねることになった。もし魔女の手もとに鏡があるままなら、コンスタンツァは迷うことなく光の精霊に裁きを願っていた。
そして光の精霊は、実は闇の精霊よりも遥かに苛烈である。最愛の伴侶である闇の精霊を何十年にもわたって鏡に閉じ込めたことを、決して許しはしなかっただろう。温情を与えようなどと考えもせず、問答無用で永遠の幽閉としたに違いない。まあ、闇の精霊による温情にもかかわらず、同じ結果になってしまったわけだが。
ここでサンチェス公爵が口を開き、話を変えた。
「というわけで、魔女に関しては今お話のあったとおりなのですが、その後始末についてご相談したく思います」
要するに、コンスタンツァとソフィアについての間違った噂を正したい、というわけだ。それに関してはもちろん、誰からも異論が出ることはない。話し合いはトントン拍子に進んで、二時間ほどで終了した。




