04 追放された悪女 (1)
復讐とはまた、穏やかではない。見るからに育ちのよい少女の口から出てきたとは思えない剣呑な言葉に、ミラーは当惑を隠せない様子だ。
「復讐って、誰に?」
「名前を言っても、あなたはご存じないと思うわ」
「いったいどうして復讐なんて」
「事情を知らない人にはわからないことよ」
ミラーの質問に、コンスタンツァはツンと澄まして答えた。別に、話したくない理由があるわけではない。しかしついさっき知り合ったばかりのミラーには、話してもわかってもらえる気がしなかった。鏡の中から出ることのできない彼には、隣国の宮廷事情など知ったことではないだろう。
なのに、ミラーは興味を示した。
「差し支えなければ、教えてくれない?」
「長くなるし、面白くもない話よ?」
「時間ならたっぷりある。ぜひ聞かせてくれないかな。もしかしたら何か助言できることがあるかもしれないよ」
「いいわ。なら話してあげる」
ミラーに勧められて長椅子に腰を下ろし、コンスタンツァは話し始めた。
「わたくしの祖国は、隣国パルマなの──」
* * *
コンスタンツァはパルマ王国のオルドリーニ侯爵家のひとり娘として生まれた。母は彼女を産んで間もなく亡くなった。父の侯爵は、後添えをもらうことはなかった。母を深く愛していたからだと使用人から聞いた。実際のところがどうなのかは、彼女にはわからない。
パルマ王国には王子が二人いて、コンスタンツァは第一王子オリンドの婚約者と目されていた。まだ正式な婚約式こそ挙げていなかったが、内々に王家からの打診もあり、侯爵家として受けていた。つまり、お披露目がまだなだけで、実質的に内定していた。
オリンドは彼女の三歳上。頭脳明晰で、剣にも優れていた。朗らかな性格で、常に人の先頭に立つ統率力もあり、次代の王にふさわしいと、誰からも褒めそやされる完璧な王子だった。
だが彼女が十五歳のときのこと、オリンドは流行り病に倒れ、あっさり急逝する。
これにより、残された第二王子ルキーノが王太子の座に就くことになった。同時に、コンスタンツァの婚約者もルキーノにすげ変わることになる。ルキーノは彼女と同い年で、世間的には「すべてにおいて兄に及ばない王子」と評価されていた。
コンスタンツァに言わせれば、笑止千万である。確かに知識や剣術など、ひとつひとつを比べたら、ルキーノは兄に劣るかもしれない。だがそれ以前の話として、比べる必要がどこにあるのか。
亡くなったオリンドは、間違いなくすべてを難なくこなす天才だった。しかしそれを言うなら、ルキーノはそんな兄を持っても腐ることなく、コツコツと勉強や鍛錬を頑張ることのできる努力家だ。
努力できるということ自体、誇ってよい資質だとコンスタンツァは思っている。そもそもルキーノは才能では兄に及ばないというだけであり、知識も剣術も馬術も、すべて人並み以上なのだ。卑下する理由など、どこにもない。
ルキーノは兄のように人の先頭に立つことはそれほどなかったが、その代わり、人の輪の中心にいることが多い。ちょっとした冗談で場を和ますのも得意だ。そんなとき彼が冗談のネタにするのは、たいてい自分の失敗談。他人の失敗をネタにして笑いものにすることは、決してしない。
コンスタンツァは、彼のそんな優しさを好ましく思う。
なのに第一王子の崇拝者の中には、彼が冗談のネタにした失敗談をあげつらっては、不出来の証拠のように言う者がいた。できるだけそのような言葉がルキーノに届くことのないよう、コンスタンツァはあらゆる手を尽くしたが、どうしたって多少は耳に入ってしまうものだ。
そのたびに彼女は怒った。そして憤然とルキーノに「愚か者の言うことなど、気にするものではなくてよ」と、声をかけた。彼もその場は「そうだね」と苦笑まじりにうなずきはする。けれどもだからと言って、傷つかないわけではないのだ。
いつまで経っても、彼はどこか自分に自信を持てない様子が抜けない。どうやら彼は、兄だけでなく、兄の婚約者であったコンスタンツァに対しても、引け目を感じているらしかった。だから彼女がどれほど彼を慰め、励まそうとも、確固たる自信を与えることができない。それがコンスタンツァには歯がゆかった。
そんなルキーノにも、やがて肩の力を抜いて話せる相手ができる。残念なことに、それはコンスタンツァではなかった。では誰かと言うと、ソフィア・グロッソという娘だ。オルドリーニ侯爵家で育ったのでコンスタンツァの妹と誤解されることが多いが、実は従姉妹である。父方の叔母の娘だ。
叔母アマンダ・グロッソは、コンスタンツァが十三歳のときに、十一歳の娘ソフィアを連れてオルドリーニ侯爵家に未亡人として出戻ってきた。実を言うと、夫を事故で亡くしたのはその数年前だったのだが、それまでは嫁ぎ先のグロッソ伯爵家で暮らしていた。
アマンダの夫はグロッソ伯爵家の次男だったが、長男夫婦に子どもがいないため、長男の後継者と見なされていた。だからその娘であるソフィアは、総領娘だったのだ。そのため父親である次男が亡くなった後も、跡取りとして伯爵家で暮らしていた。
ところが、長らく子どもに恵まれなかった長男夫婦に、待望の跡取りが生まれる。それも男の子の双子だ。こうなるとソフィアは、跡取りとしては用無しである。それでも長男夫婦は、ソフィアが跡取りでなくなっても、これまでどおりアマンダとソフィアも伯爵邸で暮らせばよいと言ったと言う。
だがここで、コンスタンツァの父エリゼオ・オルドリーニが妹に「戻って来ないか」と声をかけた。エリゼオは妻を亡くした後、後添えをもらうことをしなかったため、オルドリーニ侯爵家では長いこと女主人が不在だった。これから肩身が狭くなっていくであろう嫁ぎ先に居残るより、実家に戻って女主人として采配を振るってはどうか、と提案したのだ。アマンダは二つ返事で兄の提案に乗った。
こうしてオルドリーニ家にやってきたソフィアは、コンスタンツァとはあらゆる意味で対照的な娘だった。
まず、容姿がまるで違う。
黒髪のコンスタンツァに対し、ソフィアは明るいハチミツ色の金髪だ。何も手をかけずとも、ふわふわと愛らしく天然のウェーブがかかっている。コンスタンツァの目は深い緑色でつり目がちなのに対し、ソフィアの目はアイスブルーで、やや垂れ目がち。すらりと背が高く、大人びた顔立ちのコンスタンツァに対し、ソフィアは小柄で童顔だ。
性格も正反対。
自立心があって真面目なコンスタンツァに対し、ソフィアは甘え上手で要領がよい。要領がよいというのはつまり、隙あらばサボったり手を抜いたりするということだ。だから教養面では、年齢差があることを差し引いて考えても、二人には大きな差があった。




