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偽りの噂で隣国の老王に嫁がされた悪役令嬢は、復讐の機会を逃さない  作者: 海野宵人


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39 精霊の裁き

 レプリカを作成したのは、コンスタンツァではない。彼女の祖母、コルネリアだ。祖母の手帳に記されていた鏡の特徴は、レプリカを作成するためのメモだった。


 ところがレプリカを作成してはみたものの、コルネリアには本物とすり替える機会がついぞ得られなかった。そしてそのままレプリカは、サンチェス公爵邸にコルネリアから受け継いだ遺産として残されることになった。


 幸いにして、その鏡はしまい込まれることがなかった。公爵夫人が義母から譲り受けたものとして、大事に日常使いしていたからだ。それで公爵は咎人の鏡の特徴を聞いたとき、すぐに妻がコルネリアから相続した手鏡のことを思い出せたのだ。


「いったい、いつすり替えたんだい? ずっと身につけていたのに」

「うふふ。それは秘密にしておくわ」


 闇の魔女が鬼の形相でにらみつけてくるが、別に痛くもかゆくもない。種明かししてやる義理もないので、コンスタンツァはいたずらっぽく微笑んで、さらりと流した。


 実を言えば、すり替えたのはホリーだ。ホリーはコンスタンツァの専属侍女として、パルマ王国へも供をして来ていた。どうにかしてレプリカを本物とすり替えることができないだろうかと、コンスタンツァがサンチェス公爵たちと相談していたところ、彼女が実行役を買って出たのだ。


「着替えのときとか、湯浴みのときとか、侍女にはいくらでも機会がございますから」


 ただし、イラーリア王女付きだったホリーは、闇の魔女に顔を知られている。だからコンスタンツァは心配したのだが、ホリーはそれについてもあっさりと解決してしまった。髪結いが得意な彼女は、化粧も得意だったのだ。ちょっと化粧で雰囲気を変えただけで、別人にしか見えなくなった。もはや化粧というより、高度な変装術の域である。


 そうして彼女は、サンチェス公爵の紹介による行儀見習いとしてオルドリーニ侯爵邸に入り込んだ。決して無理はしないようにと言い含めてあったが、ものの二日ほどで首尾よく鏡をすり替えてしまったのだった。


 手に入れた鏡にコンスタンツァが呪文を唱え、囚われている者を解放してみれば、驚いたことに幽閉されていたのはライモンドだけではなかった。なんと闇の精霊まで一緒に解放されてきたではないか。


 目を丸くしてコンスタンツァが事情を尋ねると、闇の精霊は力なく答えた。


「加護を悪用している者がいたから、裁くために人間界に来たところを、鏡を使われてしまってね……」


 まさか精霊に対しても鏡が使えるとは思ってもみなかったので、完全に油断していたのだそうだ。基本的に魔女を裁くのは、加護を与えた精霊の責任となっていると言う。その責任者を鏡の中に閉じ込めてしまったものだから、闇の魔女には歯止めがなくなった。それをよいことに、ますます悪事を重ねていくことになる。


 鏡の中の世界に闇の精霊の姿がなかったのは、人間を幽閉するための鏡に精霊が囚われたせいらしい。精霊というのは、いわば加護の塊のようなものだ。だから幽閉時に加護を剥奪されると、実体を失ってしまった。鏡の中では精霊としての力を何も使えず、空間を漂う精神体のようなものだったそうだ。ただ、鏡から鏡へと転移することだけはできた。


 ところがあるとき、どこからともなく声が聞こえてくるのに気づいた。それはコンスタンツァとライモンドが鏡を介して会話している声だった。声の主を探して鏡から鏡へと飛び回った末、ついに罪もなく幽閉されているライモンドを見つけた。それからは彼の様子を見守るようになる。おかげでライモンドが解放されたときにもすぐそばにいて、一緒に解放されたというわけだった。


 本物の咎人の鏡は、このとき闇の精霊に託した。


 こうしたいきさつをわざわざリリートスラーヴァに説明してやるつもりは、コンスタンツァにはさらさらない。だから澄ました顔で、闇の精霊ノクタリスに簡潔に要請した。


「どうぞ、裁きを下してくださいませ」

「闇の精霊ノクタリスの名において命ず。罪人リリートスラーヴァを鏡の中へ幽閉せよ」


 闇の精霊が口を開いた瞬間、リリートスラーヴァは苦悶に顔をゆがめて頭を抱えた。頭痛がしているのだろうか。と思ったら、次はかきむしるようにして胸を押さえる。膝をついて倒れそうにも見えたが、その前に影のような黒いもやが彼女の姿を包み込んでしまった。そのまま影は小さく薄くなっていき、すうっと鏡に吸い込まれるようにして消えていった。


 鏡の中からも、リリートスラーヴァは何やら口汚くわめき続けている。たぶんその声は、コンスタンツァと闇の精霊にしか聞こえていないだろう。


「出せ! ここから出せ! お前が出さなくても、いつか必ず出てやる!」

「いいや、もう二度と出られないよ」


 闇の精霊は無表情にそう告げると、鏡面を手の甲で軽く叩いた。


 ──ピシッ!


 ひびの入る音がした後、ミシミシとひびの広がる音がそれに続いた。それに合わせて断末魔のような魔女の耳障りな金切り声も、小さく遠くなっていく。見る間に鏡の表面は、縦横無尽にひびだらけになってしまった。もう魔女の声も聞こえないし、顔も映っていない。


 鏡の中の世界とは、完全につながりが断ち切られてしまった。閉じ込められた魔女は、未来永劫解放されることはないし、あちらの世界からこちらの世界をのぞくことももうできない。


「さてと。やっと終わった」


 闇の精霊は深いため息とともにつぶやいてから、コンスタンツァに向き直って微笑みかけた。


「ありがとう。あなたのおかげだ」

「わたくしはただ、自分の大事な人たちを救いたかっただけなのです。ですが何にしても、お役に立てたなら幸いに存じます」


 ライモンドを鏡から解放したら、闇の精霊まで一緒に出てくるなんて、誰が想像するだろうか。だが、おかげでいろいろなことが楽になった。コンスタンツァが光の精霊に裁きを願っても同じ結果になったはずとはいえ、闇の精霊から助言を得ながら準備できるのは安心感が違った。


 闇の精霊は、にこにこと機嫌よさそうにこんなことを言う。


「お礼に、あなたには闇の加護を授けよう」

「え」


 この申し出に、コンスタンツァはあわてた。


「お待ちくださいまし」

「どうかしたかい?」

「ご厚意は大変うれしく思いますが、ご加護はできれば遠慮したく存じます」


 コンスタンツァの言葉に、闇の精霊はきょとんとした。


「どうして?」

「今回のことで痛感いたしました。闇の魔法は、人の身には過ぎたる力です。お気持ちだけ、ありがたく受け取りたく存じます」


 もっとありていに言ってしまうと、迷惑なのだ。光の魔法だけでもトレッティ公爵から「狙われたり妬みを買う可能性があるから、隠しておくのがよい」と助言されたほどなのに、さらに闇の魔法まで使えるようになってしまったら、面倒なことこの上ない。


 しかもコンスタンツァだけならまだしも、一度加護を受ければ、子孫に連綿と引き継がれていくことになる。とても気軽に「ありがとう」と受け入れられるものではなかった。厚意で言ってくれている相手に、そんなことは言えないけれども。


 ところがこれに、闇の精霊は肩を落として眉尻を下げた。


「そうか。あなたなら大丈夫だと思ったのだが。断られると困ってしまうな……」

「何にお困りですか?」

「あの魔女がいろいろとやらかしているから、後始末が必要だろう? でも、精霊は人間界では直接力を使うことが禁じられていてね。加護を与えた人間を通じてしか、基本的には何もできないんだよ」

「まあ。そうなんですか?」

「うん、残念ながら」

「なるほど……。そういうことでしたら、お手伝いいたしましょう」


 こうして成り行きで、コンスタンツァは闇の精霊の加護まで受けることになってしまった。ただし子孫に受け継がれることのない、一代限りの加護だ。できれば期間限定だとさらにありがたかったのだが、それは難しいと言われたので、彼女のほうが妥協した。

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