32 光の魔法、闇の魔法
コンスタンツァは、サンドロ王、ライモンド、ソフィアの三人から聞き出した情報をもとに、さらに魔法の調査を進めることにした。魔法書の読み込みは、彼女が最初に想定していたよりもずっと時間がかかっている。というのも、読めば読むほど内容が増えるのだ。
奥が深いという意味ではない。いや、実際に奥は深いのだが、それとはまた別の話として、物理的に内容が増えるのである。どうやら、理解度に応じて内容が増えていくらしい。それに気づいたとき、コンスタンツァは愕然とした。ひととおり最後まで目を通して、何が書かれているのか概要は把握できたとばかり思っていたのに。
これは、甘く見ていると痛い目を見そうだ。コンスタンツァは気を引き締めて、それまで以上に真剣に魔法書を読み解くことにした。ただ読むだけでなく、書いてあることはすべて実践し、実際の魔法の効果も確認する。
こうしてひたすら魔法書を読み解くこと一週間、ついに光の魔法についてはすべてを読み切ったらしい。目次に、他の属性の魔法についての章が現れた。ざっと一読した後、コンスタンツァは本から顔を上げて、興奮気味に鏡に向かって声をかけた。
「ミラー、わかったわ! あの悪しき魔女は、闇の魔女よ!」
「ああ、やっぱりそうだったか」
「やっぱり? あなたには想像がついていらしたの?」
「まあね。だって火も水も風も土も違いそうだし、光は絶対ありえない。となると、残るは闇だけじゃない?」
ライモンドはどうやら消去法で当たりをつけていたらしい。
彼が記憶を取り戻してからも、相変わらず彼女は彼のことを「ミラー」と呼んでいる。一度「王子殿下」と呼びかけたら「お願いだから、やめてくれ」と、とても嫌そうな顔をされたのだ。
「きみに殿下なんて呼ばれると、体中がむずがゆくなる。今までどおりに呼んでほしいな」
鏡から出てきたら、そんなわけにもいかないだろう。何と言っても彼はもともと王太子であり、現在は王兄だ。でも少なくとも鏡の中にいる間に限れば、身分も世間体も関係ない。それで彼の希望に従って、以前と同じように呼んでいるのだった。
「あの魔女について、何がわかったのかな」
「祖母やわたくしの悪評を流したり、陛下の頭にもやをかけたりするのに、闇の魔法を使っていたのよ」
光魔法も闇魔法も、本来はどちらも癒やすための魔法だった。光魔法が肉体を癒やすのに対し、闇魔法は心を癒やす。つらい記憶を薄れさせたり、心の傷になるような記憶を書き換えたり、そんなふうに使って心を癒やす魔法だった。この魔法を、闇の魔女は悪用したわけだ。
悪評を流すのも、別人になりすますのも、心を繰れるのであればやりたい放題だ。
ただし、本人の意思に反して心を繰るならば、癒やしとは呼べない。そんなものは、ただの呪いだ。そして呪いは、癒しの光魔法によって解呪される。癒やしとして使われた場合には、闇魔法が光魔法の干渉を受けることはないのだが、呪いであれば話が別なのだ。
おそらく悪しき魔女がコルネリアやコンスタンツァを国から追い出したのは、光魔法の使い手だからだったと思われる。使い手が意図しようがしまいが、癒やしの光魔法は呪いを解く。悪しき魔女にとっては、この上もなく邪魔な存在だったに違いない。
ライモンドが鏡に閉じ込められたのも、きっと光魔法のせいだ。コルネリアからたびたび祝福を与えられていた彼は、闇魔法が効きにくかった。繰れない王太子など、魔女にとっては目の上のたんこぶだったことだろう。
コンスタンツァがそう説明すると、ライモンドは「なるほどなあ」とうなずいた。
「入れ替わりについては、何か手がかりがあった?」
「まだよ。これからもっと魔法書を読み込んでいったら、わかるとよいのだけど」
ライモンドは「そうだね」と相づちを打った後、あごに手を当てて目を伏せ、何やら考え込む。コンスタンツァがじっと待っていると、やがて彼は「そうだ」と顔を上げた。
「ネリーは調べ物をしながら、いろいろと手帳に書き付けていたよ。その手帳が残っていれば、何か手助けになるかもしれない」
「どんな手帳だったか、覚えていらっしゃる?」
「革張りの手帳で、赤みがかった茶色だった。革ひもを巻いて閉じるタイプで、ひもには真鍮製の木の葉が飾りについていたかな。大きさは、これくらい」
ライモンドは「これくらい」と言いながら、手でサイズを示した。一般的な書籍と同じくらいの大きさだ。
さっそくコンスタンツァはサンドロ王を訪ねた。
「陛下、お願いがございます」
「いいとも。なんだね?」
「祖母が結婚前に使っていたという手帳を、手に入れたいのです」
ライモンドから聞いた話を説明すれば、国王はすぐさまコルネリアの実家であるトレッティ公爵家へ遣いを出した。するとなんと、その日の午後にはトレッティ公爵が王宮に駆けつけてきた。さすがは国の最高権力者。味方につければ、何ごとも話が早い。
しかしだからといって、すぐに解決する話でもなかった。国王に顔を合わせると、トレッティ公爵は申し訳なさそうに報告をした。
「お尋ねの件ですが、我が家には残っていないようです。ひととおり屋敷の中を探させてみましたが、手帳に限らず、叔母の持ち物は何も残されておりませんでした」
「まあ、そうだろうな。国を出たときに持って行ったのではないかな」
「そうだと思います。パルマのサンチェス公爵に、問い合わせてみましょうか?」
「頼めるかね?」
「もちろんです。すぐに遣いを出しましょう」
サンドロ王の隣で二人の会話を聞いていたコンスタンツァは、ここで口を挟んだ。
「でしたら、ついでにお願いしたいことがございます」
国王は振り向いて「なんだね?」と愛想よく先をうながす。
「いくつか鏡を運んでくださいませんか。そしてそれを、指定した場所に置いていただきたいのです」
コンスタンツァの意図を察したサンドロ王は、ニヤリと笑って「もちろんだとも」と答える。そしてトレッティ公に向かって「いいかな?」と尋ねる。トレッティ公は何の事だかわかっていないはずだが、疑問を顔に出すこともなく淡々とうなずき、「かしこまりました」と要請を受け入れた。
これがコンスタンツァたちの反撃の第一歩だ。
彼女は魔法書を読み込むかたわら、それ以外にできることを探し続けていた。何とかしてライモンドを戦力化できないかと、方法を模索したのだ。その末に見つけ出したのが、鏡を使うことだった。
ライモンドは「行ったことのある場所に転移できる。ただし必ず鏡の前に転移する」と言っていた。それ自体は、間違いではない。だがいろいろと試行錯誤した結果、正確な表現でもないことをコンスタンツァは突き止めた。
実は鍵となるのは場所ではなく、鏡だったのだ。彼が転移できるのは「行ったことのある場所に置かれた鏡の前」ではなく、「目にしたことのある鏡の前」だった。つまり、彼が目にした鏡をこちらの世界で移動した場合、彼が転移する先はその鏡がもとあった場所ではなく、移動先なのだ。たとえそれが、彼自身は行ったことのない場所であったとしても。
これを利用して、パルマ王国の状況を偵察しようというわけだ。




