27 イラーリア王女 (1)
げんなりと死んだ魚のような目をしたコンスタンツァに、サンドロ王は笑いをかみ殺しながら「兄上は何て言ってたのかな」と通訳をうながした。どうやら、彼女がミラーにからかわれていることを察しているようだ。
彼女がミラーの望みを伝えると、国王は「そうか」と深くうなずいた。
「まさに私自身の願いと一緒だね。コニー、手伝ってもらえるかい?」
「ええ、もちろん。ですから代わりに、わたくしの復讐にも手をお貸しくださいませね」
「当然だとも。私にできることなら、何でもしよう」
合意がとれたところで、ミラーが提案した。
「さっそくだけど、まずはイラーリア王女の正体を探ってみない?」
「あら。薄気味悪いから近寄りたくないっておっしゃってたのに」
コンスタンツァがミラーの過去のセリフを持ち出してからかっても、彼にはどこ吹く風だ。
「あのときは、きみに魔法が使えるとは知らなかったもの」
「わたくしも知らなかったわ」
「ネリーの祝福で、サンドロが正気を保てたんだろう? きみの祝福なら、頭にもやがかかるのを完全に防ぐこともできるんじゃないかな。きみのほうが力が強そうだから」
ミラーのこの言葉に、コンスタンツァは首をひねった。
「どうしてわたくしのほうが、おばあさまより力が強いとお思いなの?」
「あの子は僕の姿が見えてなかったけど、君は見えて話もできてる。それにサンドロに祝福を与えたときの様子も違った。図書室でのことだから僕も見てたんだけど、あの子のときは、きみのときみたいに光の粒がキラキラ降り注いだりすることはなくて、ほんのり白っぽく光っただけだったんだよね。この違いはたぶん、力の強さの違いじゃないのかな」
「そうなのかしら」
「試しに、同じように祝福してごらんよ」
コンスタンツァはミラーの考察をサンドロ王に伝えてから、呪文を唱えた。
「光の精霊ソリステア、どうか力を貸したまえ。サンドロ国王陛下が、この先も変わらず身も心も健やかでありますように」
ミラーに転移が使えるよう願ったときと同じように、今度はサンドロ王に光の粒が降り注ぐ。国王は目を丸くした。
「本当だ。ネリーに祝福してもらったときと違う」
コンスタンツァがミラーと顔を見合わせると、彼は「ほらね」とでも言いたげな顔でにこにことうなずいてみせた。なるほど、確かに違うらしい。もっとも、だからといって実際に力が強いという証明になるわけではないのだが。でもその確認は、後でいい。今はそれより先に確認したいことがあった。
普通なら聞きにくいことだが、あえて歯に衣着せることなくずけずけと質問する。
「ところでイラーリア王女って、本当に陛下のお子さまなんですか?」
「ありえないね」
不躾な質問にもかかわらず、サンドロ王はとがめることもない。そして吐き捨てるようにして、端的に答えた。イラーリアが実際には王女ではない、というのは予想どおりだ。だが、国王のこの反応は想定外だった。
コンスタンツァが意外そうに目をまたたかせたのを見て、サンドロ王は表情をやわらげた。
「マリアンジェラもラウラも、どちらも名ばかりの妻だった。子どもができるなんて、ありえない。はっきりとこう答えられるのも、あなたのおかげだね。今まではずっと、あれのことを考えようとすると頭の中にもやがかかってしまっていたんだ」
「ああ、やっぱり」
「『やっぱり』とは、どういう意味かな?」
いぶかしげなサンドロ王に、コンスタンツァはミラーから聞いた話を伝えた。つまりマリアンジェラ妃、ラウラ妃、イラーリア王女の三人が同じ顔をしていたこと、そしてラウラ妃とイラーリア王女はある年から突然貴族年鑑に登場していることだ。
説明するにつれ、国王の表情は険しくなっていく。彼女が話し終わると、彼は苦々しげに嘆息した。
「なんということだ……」
そして侍従を呼び、図書室からマリアンジェラとラウラがそれぞれ亡くなった年の前後の貴族年鑑を運んでくるよう申しつける。運び込まれた貴族年鑑をじれた様子で受け取って開くと、コンスタンツァの説明したとおりの記述を確認して、再び深く息を吐き出した。
「どうしてこれを、誰もおかしいと思わなかったのだろうな」
「本当にね。わたくしもこれを知ったときには、まったく同じことを思いましてよ」
しばらくの沈黙の後、コンスタンツァは話を戻した。
「イラーリア王女殿下はお加減が優れないと伺っていましたけれども、今のお加減はいかがかしら」
「具合を悪くしていたのか。それは知らなかった」
自身が伏せりがちだったサンドロ王は、イラーリアの状態を把握していなかったようだ。彼はさっそく、侍女長グレタを呼んで尋ねる。
「イラーリアの様子はどうだね」
「相変わらず、お加減が優れないままでいらっしゃいます。侍医によれば、少し前の陛下と、よく似た状態でいらっしゃるとのことでございます」
「そうか、わかった」
グレタの報告を聞いて、コンスタンツァは首をかしげた。イラーリア王女は、本当に具合が悪いのだろうか。これまでに聞いた話から判断するに、イラーリアという人物は極めてあやしい。王女と呼んでいたけれども実際には王女ではないし、サンドロ王が具合を悪くする原因となった薬を作ったのだって彼女だ。
そのような人物が国王と同じように具合が悪くなって、寝付いたりするものだろうか。
いろいろと疑わしくはあるものの、まずは確認してみないことには何も始まらない。彼女は国王に尋ねた。
「王女殿下のお見舞いをしたいのだけど、よろしいでしょうか」
「もちろんだとも」
即答で許可が出る。侍女長に案内を頼もうとコンスタンツァが口を開きかけたところへ、ミラーが声をかけた。
「コニー、ちょっと待った」
彼女が振り向いて小首をかしげると、彼はひとつ提案をした。
「あの人のことを考えようとすると頭の中にもやがかかると、サンドロが言ってただろう? きっと他の人も同じなんじゃないかな。だから、できれば見舞いに行く前に、侍女長にもさっきの祝福をしてあげてほしい」
なるほど、確かにそのとおりだ。コンスタンツァはすぐさまうなずいて、祝福の呪文を口にした。
「光の精霊ソリステア、どうか力を貸したまえ。侍女長のグレタがこの先も変わらず、身も心も健やかでありますように」




