23 光の魔法書
部屋に戻り、本を開く。「光の魔法書」は、教科書のような本だった。魔法について、体系立てて詳しく説明されている。
コンスタンツァは、勉強が得意だ。パルマ王国の今は亡き第一王子オリンドの婚約者に選ばれたのは、家柄に加え、彼につり合う利発さがあったためである。ホリーに夕食の時間を告げられるまで、彼女はすっかり本に没頭した。さらには夕食後も、就寝時まで時間を忘れて本にのめり込んだ。
おかげでその日のうちに、ざっとひととおり本に目を通すことができた。
翌朝、さっそく図書室のミラーを訪ねる。
「ミラー、ごきげんよう」
「やあ、コニー。魔法書はどうだった?」
「ひととおり、読み終わったわよ」
ミラーは目を丸くして、「速いな!」と笑う。
「これまで白紙だったのに、本に文字が現れた理由がわかったわ」
「お? 何だった?」
「わたくしが大人になったから」
光の魔法書を読んだり、光の魔法を使ったりできるようになるには、二つの条件がある。
ひとつは、魔女の適性を持つこと。魔女の適性は、母から娘に受け継がれていくと言う。ただし魔女の娘であっても、必ず適性を持つわけではない。たとえばコンスタンツァの母には、適性がなかった。だから魔法書は、母を飛ばして、祖母からコンスタンツァに受け継がれたのだ。
こうして女系に受け継がれていくせいで、魔女の系譜を追うのは難しい。
もうひとつの条件は、十八歳以上であること。たとえ適性があっても、十八歳までは魔法書を読むことも、魔法を使うこともできない。
「すっかり忘れていたけれど、この国に来た翌日が十八歳の誕生日だったのよ」
「おや、つい先日のことじゃないか。十八歳、おめでとう!」
ミラーの祝福の言葉に、コンスタンツァは愛想よく「ありがとう」と返した。
「魔女の適性って結局のところ、精霊との相性らしいの。わたくしのご先祖に光の精霊ソリステアが加護を与えて、それが代々、母から娘に受け継がれてきたそうよ」
「へえ。その加護って、どんなものなの?」
「精霊によって違うのだけど、光の精霊の場合には、主に治癒魔法や解呪魔法が使えるようになるのですって。だから、癒やしのおまじないが効いたみたい」
ミラーは感心したようにうなずいてから、しばらく考え込んだ。そしてつぶやく。
「加護はどうやったら与えることができるんだろう」
「さあ。これは精霊のための本ではないから、そういうことは書いてなかったわ」
彼は落胆したように「そうか」と言ってから、残念そうに微笑んだ。
「やり方さえわかれば、十八歳になったお祝いに、きみに加護をあげられるのに」
「あら、うれしいことを言ってくださるのね。お気持ちだけ受け取っておくわ。ありがとう」
実を言うと、コンスタンツァはミラーに加護が授けられるとは思っていない。
だってこれまでのところ、彼が精霊らしく何か力を使ってみせたのは、瞬間移動したことだけだ。それさえも、彼女が光の精霊に願うまで、自分では力を使いこなせていなかった。そんなミラーがたとえ人間に加護を与えたとしても、その加護を通じて貸せる力があるとはとても思えない。
それに、魔法書にひととおり目を通した後では、ミラーが本当に精霊であるのかということさえも疑わしく思えてきた。というのも、魔法書には精霊についても記述があったのだ。その記述に照らし合わせると、ミラーは精霊と呼べる存在のようにはあまり思えなかった。
「ねえ、ミラー」
「うん?」
「あなた、自分の属性は何だかご存じ?」
「属性? 属性って何?」
コンスタンツァは内心、やはり、と思った。もしミラーが精霊なのだとすれば、自分の属性を知らないはずがない。ましてや属性が何だかわからないなんて、ありえない。
「精霊はそれぞれ属性を持っていて、六種類に分かれるのですって」
「へえ。その六種類って、どんなものがあるの?」
「光と闇の二属性に加えて、四大属性で六種類よ。四大属性というのは、火、水、風、土のことね。わたくしは光の精霊の加護があるから、光の魔法が使えるというわけ」
「自分の属性は、どうしたらわかるんだろうね」
コンスタンツァの説明を聞いて、ミラーは首をひねっている。自分が精霊だと信じて疑っていないその様子に、コンスタンツァは否定的な言葉を伝えることができなかった。だから代わりに、「どうしたらわかるんでしょうね」とだけ相づちを打って、話題を変えた。
「わたくし、この本をもっと詳しく読み込んでみるわ」
「そうだね。せっかく魔法が使えるとわかったんだから、他に何ができるのか知っておくのはいいことだと思うよ」
「それもあるけど、他の属性の魔法についても、ひととおり説明があるのよ」
「そうなのか」
「ええ。それをすべてきちんと頭に入れたら、もしかしたらイラーリア王女やラウラ妃の謎が解けるかもしれないでしょう?」
「なるほど」
ここでコンスタンツァはすっと笑みを消して冷ややかな表情になり、「それに」と低い声で言葉を続けた。
「あの悪しき魔女がソフィアと入れ替わった謎だって、解けるはずだわ。あの魔女をギャフンと言わせるための手がかりが、きっとこの本の中にあると思っているの」
「ああ。結局、そこへ戻ってくるわけか」
「そうよ。こればかりは譲れないわ。そして決して失敗も許されないのよ。あの狡猾な魔女を相手にするからには、準備を万端に整えておかなくては」
「そうだね。僕にできることは、応援するくらいしかないけど。もし手伝えることがあれば、声をかけてよ」
コンスタンツァは表情を一変させてミラーに微笑みかけ、「ありがとう」と礼を言った。彼の手助けは当てにしていないが、気持ちはうれしい。
こうして彼女の、魔法研究の日々が始まった。朝と晩の二回、国王の寝室を訪れて癒やしの呪文を唱え、それ以外の時間はすべて自室で魔法書を読む。これが、彼女の新しい日課となった。




