22 サンドロ王 (3)
彼女のじっとりとした視線に、ミラーは笑い出す。
「からかって、ごめん。本当にコニーはかわいいなあ。きっとじいさんも、そのかわいいところにやられちゃったんじゃない? 僕だってきみの頼みなら、何でも聞いてしまいそうだもの」
これにはコンスタンツァも吹き出してしまった。
「陛下とまったく同じことをおっしゃるのね」
「あはは。やっぱりそうなんじゃないか」
「違うわ。陛下はたぶん、祖母と親交が深かったから、わたくしに甘くなってらっしゃるだけよ。お目覚めになったとき、わたくしを祖母と見間違えて『ネリー』とお呼びになったくらいですもの」
「え、ネリー?」
「そうよ。祖母の愛称なの」
コンスタンツァの答えに、ミラーは目をまたたかせて首をひねった。
「コルネリアの愛称もネリーだよね。もしかしてきみのおばあさまって、あのコルネリア?」
「あの、というのがどういう意味かわからないけど、この国からパルマ王国に渡って、サンチェス公爵家の長男と結婚したコルネリアか、という意味なら、そのとおりよ」
「そうだったのか」
「あら、言ってなかったかしら」
「初めて聞いたよ」
「祖母のこと、ご存じなの?」
「知ってるというほどは知らない。けど、何度か見かけたことはあるよ。そう言われてみれば、確かにあの子によく似てるな」
ミラーはコンスタンツァをしげしげと見つめてから、「雰囲気はだいぶ違うけど」と付け加える。
「どう違うの?」
「あの子はもっとおとなしそうな感じだった。きみほど元気よくなかったね」
どう聞いても褒め言葉ではない。コンスタンツァはミラーをじとっとにらみつけた。なのに彼は、そんな視線をものともせず、彼女に柔らかく微笑みかけてこんなことを言う。
「きみのほうが、ずっとかわいいよ」
冗談でこんなことを言われたなら、怒ってみせることもできるのに。困ったことに、なぜかこういうときに限って、彼は心からそう思っているかのように真摯な態度を見せる。おかげで彼女は何と返してよいのかわからなくなり、視線を落とした。頬がじわじわと紅潮するのを感じる。
コンスタンツァは照れ隠しのように咳払いしてから、話を変えた。
「祖母も、わたくしと同じように不思議な力があったのですって」
「そうなのか。でも、あの子とは目が合った記憶がないなあ」
「そうなの?」
コンスタンツァは不思議に思った。もし彼女と同じような力を持っていたなら、祖母コルネリアにだってミラーが見えてもよさそうなものなのに。けれども彼女の問いに、ミラーは「うん」とうなずいた。
「あの子もよくここに来ていたんだ。毎回、一心不乱に調べ物をしていたよ」
「何を調べていらしたのかしら」
「さあ、わからない。調べ物のための本は、あの子が持ち込んでいたから。なかなかの分厚さで、ちょっと変わった本だった」
「どんなところが変わっていたの?」
「一見したところは、普通の革張りの本なんだ。でも表紙にツタの葉をモチーフにした精巧な金細工が施されていて、その細工が本を閉じるための留め金につながってるんだよ。あれはきれいだったなあ」
ミラーの説明を聞いて、コンスタンツァは目を見開いた。そのような本には、心当たりがある。
「もしかして、金細工の部分には小さなダイヤモンドがちりばめられていなかった?」
「うん、そのとおり。どうしてわかった?」
「その本なら、わたくしが譲り受けたわ。でもあの本で調べ物なんて、ありえないのだけど」
「どういうこと?」
怪訝そうなミラーに向かって、コンスタンツァは肩をすくめてみせた。
「だって、中身がすべて白紙なんですもの」
「なら違う本なのかな」
「どうかしら。ちょっと待っていてちょうだい。持ってきて見せてあげるわね」
コンスタンツァは急いで部屋に戻り、目当ての本を図書室に運んだ。彼女はこの国に来るとき、ほとんど着の身着のままといった状態ではあったけれども、祖母から贈られたこの本だけは大事に持ってきたのだ。
「これよ。どう? あなたの記憶にあるものと一緒かしら?」
「ああ、それだ。その本だよ」
懐かしそうに目を細めるミラーの前で、コンスタンツァは本の留め金を外した。白紙の中身を見せるために、中ほどで本を開く。そして思いもよらない事態に「え」と声を上げた。白紙だったはずのページが、なんと隙間なく文字で埋まっていたからだ。
ミラーには、彼女が驚いた理由がわからないのだろう。不思議そうにしている。だからコンスタンツァは開いたページが見えるよう、ミラーに向けて本をかざしてみせた。彼はそれを見て、目を丸くした。
「本当だ。白紙だね」
「え?」
ミラーのこの言葉に、今度は彼女のほうが目を見開いた。
「あなたには、これが白紙に見えるの?」
「うん。きみには違って見えているのかい?」
「ええ。文字が詰まっているわ。前に開いたときには、確かに白紙だったはずなのに」
二人は顔を見合わせた。ミラーの「それで、何の本だった?」という、実にもっともな質問に答えるため、コンスタンツァは最初からページをめくってみた。
「『光の魔法書』ですって」
「なるほど。いかにもきみにふさわしい本じゃないか」
ふさわしいかどうかはさておき、まずはこの本を隅々まできちんと読むべきだろう、とコンスタンツァは考えた。祖母から教わった呪文には「光の精霊ソリステア」という名前が入っているのだから、間違いなく光の魔法と何らかの関わりがあるはずだ。
図書室には読書用のテーブルと椅子も置かれている。けれどもコンスタンツァは、いったん自室に戻って読むことにした。図書室で読むと、きっとホリーは入り口の扉の前でずっと立ち続けているだろうから。
彼女はミラーとのおしゃべりを切り上げ、本を持って客室に引き上げた。




