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偽りの噂で隣国の老王に嫁がされた悪役令嬢は、復讐の機会を逃さない  作者: 海野宵人


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19 侍女長グレタ (2)

 コンスタンツァは、グレタの反応に首をひねる。彼女としては、そこまで難しい要求をしたつもりはないのだ。


「夫となる予定のかたを、お見舞いしたいだけなの。どうしてそれが、そんなに難しいの?」


 彼女が重ねて尋ねると、グレタは驚いたように目を見張った。


「夫となるとおっしゃいましても、それは建前でございまして──。もしや、お嬢さまはお聞きになっていらっしゃらないのでしょうか?」

「何のお話?」

「陛下から婚姻を申し入れた理由についてでございます」

「申し入れを受けたということしか知らないわ」


 これは長くなりそうだ。コンスタンツァは侍女長を部屋に招き入れ、ソファーを勧めた。そしてホリーに紅茶を三人分用意するよう指示する。


「その理由とはどのようなものだったのか、教えてくださる?」

「コンスタンツァさまを保護するためでございました」

「え? もしかして陛下は、あちらでのわたくしの状況をご存じだったの?」

「さようでございますとも」

「その上で、手を差し伸べてくださったということ?」

「そのとおりでございます」


 グレタによれば、パルマ王国のサンチェス公爵家は、この国のトレッティ公爵家と今でも親しく連絡を取り合っているそうだ。サンチェス公爵家はコンスタンツァの母の実家であり、トレッティ公爵家はさらにその母、つまり母方の祖母コルネリアの実家である。


 サンチェス公爵は、コンスタンツァにおかしな噂が立ち始めた頃から、そのことをトレッティ公爵に知らせていた。次第に状況が悪化していくにつれ、パルマ国内では彼女の身の安全が危ぶまれるようになったことを、サンチェス公爵経由でトレッティ公爵は知る。彼は即座に、そのことを国王に上奏したと言う。


 トレッティ公爵にとってサンチェス公爵家は、彼の叔母であるコルネリアを国から連れ出してくれた恩人だ。そのコルネリアの孫娘が、当時の叔母と同じように窮地に陥っているのなら、今度は自分たちが救いの手を差し伸べたいと、国王に訴えた。


 トレッティ公爵としては、コンスタンツァを保護するために動く許可を得ようとしていたのだが、国王はそれを退けた。逆に国王自ら婚姻を申し入れるという形で、彼女に最上級の保護を与えることにしたというわけだった。


「ですから婚約というのは、あくまでも建前なのでございますよ」


 グレタはこう締めくくった。だが、やはりコンスタンツァは釈然としない。


「建前だったということは、理解しました。それでもやはり、お見舞いしたいわ。直接きちんとお礼も申し上げたいし。それとも仮初めの婚約者では、お見舞いする資格がないということかしら?」

「そのようなことは、決してございません!」


 グレタは目をむいて、悲鳴を上げるようにしてコンスタンツァの言葉を否定した。


「そう? でもホリーから聞いた話から判断するに、おおかたの侍女たちの考えは、今あなたが話してくださったものとは違っているようだったのだけど」

「どういうことでございましょう?」


 いぶかしげに眉をひそめた侍女長に、コンスタンツァは肩をすくめてみせた。グレタは話のわかる相手だし、真摯に対応してくれる人のようだから、包み隠さずありていに話してしまっても大丈夫だろう。


「とんでもない悪女になんて仕えたくないから、押しつけるためにホリーを推薦したのですって。しかも、どもるような愚鈍な娘はむち打ちの上、クビにされると聞かされていたそうよ。わたくしの悪辣ぶりをあることないこと吹き込まれて、最初のうち、この子はすっかり縮み上がっていたの。だからてっきり、そのように周知されているのかとばかり思っていたわ。そういうわけではなかったのね」

「なっ……」


 あくまでもにこやかに、穏やかな口調でぶちまけたが、それを聞いたグレタはあまりのことに声も出ない様子だ。無言でわなわなと震えていたが、しばらくしてから「なんということでございましょう!」と言葉を絞り出し、深々と頭を下げた。


「ご不快な思いをさせて、大変に申し訳ございませんでした。ことの経緯は事前に言い聞かせてあったのですが……。どうしてそのように悪意しかない受け取り方をしたのか、理解できません。いずれにせよ、侍女たちの教育が行き届いていないのは、こちらの不手際でございます。まったく何とお詫びすればよいのか……」


 コンスタンツァは愛想よく「国の方針ではないと聞いて、安心したわ」と返したが、グレタの怒りは治まらない。目を据わらせて、今度はコンスタンツァのほうが反応に困るようなことを遠慮なく告げた。


「実は今朝、その者たちから『コンスタンツァさまが誰もいない図書室で鏡に向かって話しかけていてこわい』などと、おかしな訴えがありまして、根も葉もないことを申すなと叱ったばかりなのでございます」

「まあ……」

「以前から少々困ったところのある娘たちでしたが、ここまでの問題を起こされては見過ごせません。いったん親元に帰すことにいたします。王宮で行儀見習いをさせられる条件を満たしているとは、とても申せませんので」


 コンスタンツァは、軽く視線を泳がせた。その件に関してだけ言えば、侍女たちは悪くない。


(気をつけようと思っていたけど、すでに見られていたのね……)


 くだんの侍女たちに再教育が必要だとは思うものの、無実の罪で家に帰されてしまうのは、あまり気分のよいことではない。ええい、ままよ、とコンスタンツァは再び赤裸々に話すことにした。


「そこまでする必要はないのではなくて? もちろん教育は必要だと思うけれども。何しろ侍女長のことを陰で『侍女の元締め』なんて呼んでいるそうだから」


 これを聞いて、グレタは吹き出した。


「『侍女の元締め』ですか。何やら強そうでございますね」


 楽しそうに笑う侍女長に、コンスタンツァは目をまたたかせた。怒らないのか、と意外に思う。ひとしきり笑ってから、グレタはコンスタンツァに尋ねた。


「いったい、どこで耳になさったのですか? もちろん若い娘たちのことですから、陰でふざけることもありましょう。それだけでしたら、わたくしも気にはいたしません。ですが、お客さまのお耳に入れるようなことがあったというのは、いささかならず問題でございますね」

「鏡の精霊に教えてもらったのよ。だから直接耳に入ったわけではないわ」


 にっこりと、冗談ともとれるように軽い調子で言ったのだが、なぜかグレタは感心したように深くうなずいた。


「さようでございましたか。さすがはコルネリアさまのお孫さまです」


 コンスタンツァは再び目をまたたかせた。想定していたのと、反応が違う。コルネリアの孫だと、何が「さすが」なのだろうか。不思議そうに首をかしげた彼女に、グレタは微笑みかけた。


「コルネリアさまも、不思議なお力をお持ちだったそうですよ。きっとコンスタンツァさまにも、それが受け継がれておいでなのでしょうね」

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