18 侍女長グレタ (1)
けれどもミラーの側には、ちょっとした収獲があったようだ。
「そうそう、じいさんの様子を見てきたよ」
「もしかしてあなた、国王陛下のことをおっしゃっているのかしら……」
「そうだけど?」
相変わらず、失礼な物言いである。つい小言が口をついて出そうになるが、何とかのみ込んだ。ミラーに人間界の常識を説いても意味がない。気を取り直して、収獲について尋ねてみることにした。
「寝室にも鏡が置かれていたの?」
「いや、居室のほう。だからじいさんを直接見てきたわけじゃないんだ。それでも、だいたいの様子はわかったよ」
「陛下はどうしてらした?」
「具合が悪くて寝込んでるみたいだ。侍医が居室で常時待機状態だった」
「まあ。本当にお加減がお悪くていらっしゃるのね……」
ある程度は予想していたものの、はっきり聞いてしまうと、さしものコンスタンツァも少しばかり心細くなる。
「たとえ気休めにしかならなくても、せめておまじないをして差し上げたいわ」
「さっき言ってた『治れ、治れ』ってやつ?」
「ええ、そうよ」
「きみが唱えれば、効果がありそうだね。試してみたら?」
「そうね。でもそのためには、まずお会いしないと始まらないのよね」
何度ホリーに頼んでも「お加減が優れず……」としか返ってこなかったのを思い出し、コンスタンツァはため息をつく。今のホリーなら、違う返事があるだろうか。彼女が思案していると、またぞろミラーが失礼なことを言い出した。
「それなら、おばさんに相談してみたらどうかな」
「ミラー。この王宮に、壮年の女性がいったいどれだけいるとお思い? そんな呼び方では、どなたのことだかわからなくてよ」
「そうか、ごめん。バラルディのおばさんのことだよ。侍女たちの元締めね」
この説明を聞いて、やっとコンスタンツァにもミラーが誰のことを指しているのかがわかった。侍女長のグレタ・バラルディ夫人のことだろう。それにしても、呼び方がひどい。
「元締めって……。いったい、そんな呼び方をどこで覚えてくるの?」
「衣装部屋で。侍女たちはみんなそう呼んでるよ」
「みんなって、具体的にはどなた? ホリーもなの?」
「そう言えば、ホリーが言ってるのは聞いたことがないな。ごめん、みんなっていうのは嘘だね。でも、だいたいみんなだよ。デボラ、アンナ、フェドーラ、エッダ、あとはドロレスも」
具体的な名前が出てくる、出てくる。コンスタンツァには面識のない者ばかりだが、ミラーには嘘をつく理由がないから、きっと本当に言っているのだろう。コンスタンツァは頭痛をこらえるように額に手を当てた。
(この王宮の使用人は、一度しっかり教育し直すべきだわ)
後輩いじめはするわ、噂を鵜呑みにして未来の王妃付きをいやがって押しつけ合うわ、果ては上司を陰で品位のない呼び方をするわ。どうにも度しがたい。
パルマ王国の王宮でも、彼女の悪評は使用人の間に広まっていた。しかし彼らは、それをおくびにも出したりしなかった。王宮で働くだけのことはある、さすがの職業意識である。
うっかり悪評を真に受けてしまうことがあっても、それは仕方がない、とコンスタンツァは思う。人間、誰しも間違いは犯すものだ。そして、そのような悪評を持つ者を快く思えないのも、無理からぬことだと思う。だがそれを態度に出してしまうようでは、上級使用人としては失格である。だって王宮というのは、時と場合によっては国際問題さえ引き起こしかねない場所なのだから。
もし同じような態度を、たとえば国外からの賓客に対してとったりするなら、とんでもない大問題だ。ミラーには「仕事に差し障りのあるほどではなかった」と言ってしまったが、こうして考えてみると、まだ問題を引き起こしていないというだけの話だった。明らかに差し障りがある。罰するまでは必要なくとも、教育は必要だ。絶対に。
コンスタンツァはそうしたもろもろの考えをすべて一時的に棚上げして、まずはミラーの挙げた侍女の名前をメモに書き付けた。そして彼に礼を言う。
「いろいろ教えてくださってありがとう。グレタ夫人に相談してみるわ」
「どういたしまして。うまく会えるといいね」
「ええ、本当に」
彼女はメモ用紙をまとめて席を立つ。そしてヒラヒラとミラーに手を振り、「またね」と挨拶を交わして図書室を後にした。
ホリーとともに部屋に戻り、さっそくコンスタンツァは侍女に要望を伝えた。
「国王陛下のお見舞いをしたいわ」
「ただいまお加減が優れず……」
「それはもう何度も聞いていてよ。だからお見舞いと言っているでしょう」
「申し訳ございません」
困ったように頭を下げるホリーを見て、コンスタンツァは吹き出した。
「いやだわ。あなた、もとに戻っちゃってるじゃないの。ちゃんとお話ししてちょうだいな」
要望に応えることができなかったのに、気分を害するどころか笑い出した主人に戸惑ったのか、ホリーは目をパチクリさせている。その顔がおかしくて、コンスタンツァはまた笑った。
「ねえ、ホリー。わたくしを陛下に面会させてはいけないと、誰かに言い含められていたりするの?」
ホリーはあわてたように首を大きく横に振った。
「そのようなことはございません!」
「そうなの? では、どうしていつまで経ってもお目通りがかなわないのかしら」
「毎日、侍女長から侍医に確認しておりますが、まだ謁見可能な状態ではないとのことでございます」
「そう。つまり、あなたの手には負えない問題ということね」
ホリーは自信なさそうに「さようでございます」とうなずいた。
「それならそれで結構よ。侍女長のグレタ夫人を呼んできてくださる?」
「かしこまりました」
しばらくすると、ホリーは四十歳前後くらいに見える上品な女性に付き従って戻ってきた。侍女長のグレタ・バラルディ夫人だ。なお、夫のバラルディ侯爵は宰相である。つまり夫婦そろって王宮に出仕している。グレタは優雅に挨拶のお辞儀をしてから、にこやかに尋ねた。
「お呼びとのことでまいりましたが、いかがなさいましたか?」
「ちょっと困りごとがあるの。相談に乗ってくださる?」
「もちろんですとも。何でございましょう?」
「国王陛下にお見舞いに伺いたいのだけど、どうしたらよいかしら」
コンスタンツァのこの問いに、グレタはわずかに眉根を寄せ、難しい顔をした。




