11 侍女ホリーの秘密 (2)
戸惑いつつも、ホリーの肩からは少し力が抜けたようだ。コンスタンツァは決して詰問調にならないよう細心の注意を払いながら、ホリーに話しかけた。
「ホリー、わたくしに侍女として付いてくれて、ありがとう」
ホリーは真剣な目をコンスタンツァに向けたまま、おずおずとうなずくように会釈した。
「あなたは髪を結うのも、お茶を入れるのも上手だし、わたくしの侍女があなたでよかったと思うわ」
コンスタンツァの褒め言葉に、ホリーはほんの少しだけ口もとをゆるめた。わずかに頬も紅潮している。照れているようだ。この様子なら、そろそろ本命の話題を切り出しても大丈夫だろうか。コンスタンツァはにこやかに言葉を続けた。
「それでね、できればお話し相手も務めてほしいの」
「申し訳ございません……」
とたんにホリーの顔からすうっと表情が消えた。彼女は手にした紅茶カップを皿の上に戻そうとしたが、かすかにカタカタと音が鳴る。これはまずい。怖がらせてしまったかもしれない。今このときばかりは、気の強そうな自分の顔立ちが少しばかり恨めしい。コンスタンツァは眉尻を下げて、侍女をなだめようと声をかけた。
「謝ってほしいわけじゃないのよ。ただ、あなたはいつも決まった言葉しか話さないから、少し寂しいの。もしかして、何か事情がおありなのかしら」
「も、申し訳ございません……」
ホリーは血の気の引いた顔で謝罪の言葉を繰り返す。そうしながらも、彼女は目を大きく見開いたかと思うと、ぽろりと涙をこぼした。
責めたつもりは少しもないコンスタンツァは、その涙を見てギョッとした。狼狽のあまり「やだ、泣かないでよ……」とつぶやくと、ホリーはさらに「も、も、申し訳、ございません……」と謝罪を繰り返す。
口もとをわななかせながら、はらはらと涙をこぼすホリーの姿に、コンスタンツァは居ても立ってもいられなくなってしまった。席を立ってホリーのすぐ横に座り、震えるその肩を優しく抱き締める。
「お願いよ、泣かないでちょうだい」
コンスタンツァは困り果てて、子どもをあやすように侍女の肩を軽く揺すってやる。なのにホリーは泣きやむどころか、本格的に嗚咽をもらし始めた。その上、耳を疑うようなことまで言い出すではないか。
「お、お願いです。く、クビにしないでくださいい……!」
「するわけないでしょ。どうしてクビだなんて思ったのよ」
あまりにもばかばかしいことを言い出すものだから、コンスタンツァは愛想よくするのを忘れ、気づいたら真顔で呆れた声を出してしまっていた。ホリーはビクッと身を震わせながらも、返事を絞り出す。
「だ、だって、どもってしまったから」
「ちょっとどもったくらいで、どうしてクビになんてしないといけないの」
「ど、どもるような、ぐ、愚鈍な娘は王宮侍女にふさわしくないって……」
この答えに、コンスタンツァは「なんですって?」と目を据わらせた。
「そんな無礼なことを言ったのは、いったいどこのどなたかしら。わたくしの母方に、十六歳上の従兄弟がいるのだけど、吃音があるの。でも吃音なんて関係なく、立派にサンチェス公爵家の嫡男として外務大臣補佐を務めていてよ。あのかたが有能なことは、パルマ王国内の貴族なら誰もが認めるところだわ。吃音持ちが愚鈍だなんて、そんな根拠のないことを言う者のほうがよほど愚かではないの。パルマの宮廷でそのようなことを口にしたら、たちまち白い目で見られること間違いなしよ」
強い口調でまくしたてたコンスタンツァを、ホリーは泣き濡れた顔を上げてぽかんと見つめる。その幼い表情に吹き出して、コンスタンツァはポケットからハンカチを取り出して手渡した。
「ほら、涙をお拭きなさいな」
ホリーは素直にハンカチを受け取り、涙をぬぐった。彼女の肩を抱いたまま、コンスタンツァはその様子を眺める。そして、はたと気がついた。この侍女と初めてまともに会話が成立したことに。
「あなた、ちゃんとお話しできるんじゃないの」
コンスタンツァが満足そうに微笑みかけると、ホリーはハンカチをお守りのように握りしめたまま、きょとんとする。その顔がおかしくて、コンスタンツァはまた声を上げて笑った。
「吃音なんて、気にしなくていいのよ。そんなことより、どうして今まで決まった言葉しか話そうとしなかったのか、教えてちょうだい」
今度はもうホリーも「申し訳ございません」とは言わなかった。問われるがまま、とつとつと事情を話し始める。
ホリーは、とある伯爵家の四女だ。実家は、よく言えば『由緒ある家柄』である。もっとはっきり言うと、家柄以外には誇れるものが何もない家だ。要するに貧乏貴族だった。
両親は決して子どもたちにそれを悟らせるようなことを口にはしなかったが、聡いホリーは察していた。四人も娘がいれば、社交界にお披露目する費用だってばかにならない。さらに結婚時には、ひとりひとりにつけてやる持参金も必要だ。
せめて自分の分だけでも両親の負担を軽くしたくて、彼女は王宮侍女に志願した。なかなかの狭き門だったが、見事採用される。家族は大喜びで、鼻を高くして送り出してくれた。
手先が器用で髪結いが得意なのを気に入られ、イラーリア王女付きとなる。
このように順風満帆に見えた侍女生活だが、次第に先輩侍女たちからきつく当たられるようになった。どうやら、たびたび王女からドレスや小物を下げ渡されるのを妬まれたようだ。ちょっとした失敗をあげつらわれては、「どう責任をとるつもり?」などとしつこく詰問される。
そんなことを繰り返すうち、子どもの頃に治まっていたはずの吃音がぶり返してしまった。
それを見逃す先輩侍女たちではない。どもるたびにばかにされたり、きつく叱責されたりした。失敗しないよう緊張すれば、吃音はさらに悪化していく。




